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新世界へ  作者: 戸雨 のる
陸-6-
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サクラ

 目覚めると、太陽が眩しく辺りを照らしていた。なにが起きたのか、覚えていなければ。覚えていなければ、良かったのに。

 身体に付着した赤黒い染みが、私の記憶を呼び覚ます。なにがあったのかを思い出させる。小さく震える身体が、忘れられるはずがないと言っている。

 遠くに転がる小さな塊に手を伸ばす。真っ白な糸に包まれた、マサキくんの手だった物。触れると、少しねばついた。

「サクラ……」

 樹が私の頬に手を伸ばす。

「僕の家族は、サクラだよ」

 蜘蛛の糸が全身に絡まり、動き辛そうな様子のまま。

「サクラがいてくれて、良かった」

 ゆっくりと、倒れ込む。気力をすべて使い果たしたのか、そのまま、眠ってしまった。

 未だ血の付いている腕を上げ、樹の髪をそうっと撫でた。柔らかくしなやかで、指通りの良い髪。寝息を立てる樹を、愛しく感じる。離さないのは、離れないのは私の方だ。

 樹の罪は償わなければいけないものだろう。もちろん、私の罪も。

 しばらく離れ離れになるかもしれない。隠し立てしようと思えば、いくらでも出来る。

 けれど。

「イツキ」

 樹が望まない以上、私に残された選択肢はたったひとつ。樹が望むままに、罪を償おう。

 未成年。正当防衛。ひょっとしたら何も咎められないのかもしれない。当て所のない罪悪感を抱き続けることこそが、与えられた罰なのかもしれない。

 それでもきっと、償える日は来る。

「……ねえ」

 雲の向こうから空に輝きを添え続けている太陽に、私は小さく問いかけた。

「私は、幸せになっても良いのかな」

 答えなんて知らない。知らないけれど。あまりにも、支払った犠牲が大き過ぎたけれど。

 それでも。

「イツキと一緒に、生きていっても良いのかな」

 命を差し出すことで罪を償えるなんて、身勝手な逃避に他ならないのだから。

 失われたものは戻って来ない。過ぎた日に遡ることは出来ない。今在る世界を生きていくしか、私には術がない。

 永遠の停滞より一瞬の進展。失う恐怖を知ってしまったから、失わないよう励むしかなく。

 失った穴を埋めるのは、時間という名の見えない糸。マサキくんの糸とは違う。私にも操れる、誰もが持っている記憶の糸。

 命は尽きるからこそ美しい。いつか必ず失うからこそ、私は思い出を大切にしたい。偽らず、差し出さず。ありのままを憶え続けたい。

 記憶という鮮やかな糸を蓄え、存在という失った穴を埋め。

 誰かの心に、大きな穴を掘り続ける。

 世界はこんなにも、光輝いているのだから。

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