サクラ
目覚めると、太陽が眩しく辺りを照らしていた。なにが起きたのか、覚えていなければ。覚えていなければ、良かったのに。
身体に付着した赤黒い染みが、私の記憶を呼び覚ます。なにがあったのかを思い出させる。小さく震える身体が、忘れられるはずがないと言っている。
遠くに転がる小さな塊に手を伸ばす。真っ白な糸に包まれた、マサキくんの手だった物。触れると、少しねばついた。
「サクラ……」
樹が私の頬に手を伸ばす。
「僕の家族は、サクラだよ」
蜘蛛の糸が全身に絡まり、動き辛そうな様子のまま。
「サクラがいてくれて、良かった」
ゆっくりと、倒れ込む。気力をすべて使い果たしたのか、そのまま、眠ってしまった。
未だ血の付いている腕を上げ、樹の髪をそうっと撫でた。柔らかくしなやかで、指通りの良い髪。寝息を立てる樹を、愛しく感じる。離さないのは、離れないのは私の方だ。
樹の罪は償わなければいけないものだろう。もちろん、私の罪も。
しばらく離れ離れになるかもしれない。隠し立てしようと思えば、いくらでも出来る。
けれど。
「イツキ」
樹が望まない以上、私に残された選択肢はたったひとつ。樹が望むままに、罪を償おう。
未成年。正当防衛。ひょっとしたら何も咎められないのかもしれない。当て所のない罪悪感を抱き続けることこそが、与えられた罰なのかもしれない。
それでもきっと、償える日は来る。
「……ねえ」
雲の向こうから空に輝きを添え続けている太陽に、私は小さく問いかけた。
「私は、幸せになっても良いのかな」
答えなんて知らない。知らないけれど。あまりにも、支払った犠牲が大き過ぎたけれど。
それでも。
「イツキと一緒に、生きていっても良いのかな」
命を差し出すことで罪を償えるなんて、身勝手な逃避に他ならないのだから。
失われたものは戻って来ない。過ぎた日に遡ることは出来ない。今在る世界を生きていくしか、私には術がない。
永遠の停滞より一瞬の進展。失う恐怖を知ってしまったから、失わないよう励むしかなく。
失った穴を埋めるのは、時間という名の見えない糸。マサキくんの糸とは違う。私にも操れる、誰もが持っている記憶の糸。
命は尽きるからこそ美しい。いつか必ず失うからこそ、私は思い出を大切にしたい。偽らず、差し出さず。ありのままを憶え続けたい。
記憶という鮮やかな糸を蓄え、存在という失った穴を埋め。
誰かの心に、大きな穴を掘り続ける。
世界はこんなにも、光輝いているのだから。




