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新世界へ  作者: 戸雨 のる
陸-6-
33/36

イツキ

「駄目……!」

 女が唐突に叫んだが、僕の視線は揺るがない。倉橋を見据え、企みを阻むのみ。太陽の下、神に背く者を成敗する。ただ、それだけだ。

 既に薄くなり輪郭すらも曖昧な影に促され、倉橋は僕に刃向かおうとしているのだろう。生意気にも。

「倉橋。お前、馬鹿だな」

 右手を掲げ、糸を束ね。

「僕の世界に愚か者はいらないんだよ」

 倉橋に向け、投げつける。見えない糸に絡め取られる気分はどうだ? 美しく聡明な蝶でも、蜘蛛の巣にかかればお終いなんだよ。

 知らなかったか? 倉橋。

「イツキ……」

 唐突に身体の自由を奪われた倉橋は、ひどく戸惑った表情を浮かべている。実に愉快だ。この僕に逆らったらどうなるか、身を持って思い知るが良い。

 金糸が倉橋の身体を捉え、食い込むように巻き付いている。僕の目には写るが、倉橋には見えない糸。僕の宝。生命の糸。

 軽く手を引くと糸による締め付けが増し、身体の自由が益々奪われる。しかしその因果関係は、僕にしか理解できない。

 愚か者には制裁を。

 新たなる世界に愚者はいらない。必要なのは、知性。素質があっても愚かでは仕方がない。勿体ないが、倉橋も所詮は人間だったのだ。

 いくら天分の才があろうとも、活かせなければ仕方があるまい。

「五木! お前の負けだ」

 雁字搦めになり身動きすら取れない状態にもかかわらず、倉橋が生意気な口を叩く。自分の立場を弁えないとは、愚かにもほどがあろう。

「自分の立場が判ってないようだね」

 改心するなら生かしてやろうかと思っていたが、その必要はないらしい。倉橋も愚かな虫けらのひとりに過ぎなかったのだ。残念ながら。

 ゆっくりと歩み寄る。黄金に包まれた倉橋の姿は美しく、やはり惜しいような気もしなくはない。しかし、世の中は広い。僕の知らない場所で、倉橋以上の逸材が眠っているに違いない。

 それに何より、改革には犠牲が付きものなのだ。

「最後まで、生かしておいてやろうか?」

 尊い犠牲を払い、世界を創世する。月夜に誓った僕の世界。永遠を、常を約束された世界。

 右手を差し出し、倉橋の頬に触れる。せっかくの神の慈悲を蔑ろにするような輩には、死以上の制裁を。

 そうだろう? 月夜見神よ。

 糸に包まれた倉橋の身体をまさぐり、左手を探し出す。糸を括ればそれでお終い。どんなに逆らおうとしても、僕に忠実なしもべと化す。

「イツキ!」

 先刻からうるさい女だ。まあ良い。あとでじっくり調理してやる。役立たずには、それなりの報いを。

 倉橋の左手を探り当て、右手で触れる。絡み付いた糸を緩め、手のひらが外に出るよう仕向けた。

 黄金の合間から生える、白く滑らかな手。右手からゆっくりと、聖なる儀式のようにゆっくりと。輝く糸を、静かに伸ばす。

「五木」

 ほざけ、愚民が。

「僕の勝ちだよ、五木正輝」

 負け惜しみの戯言か。もしもこの状況で僕に敵うと思っているのだとしたら、愚かどころの騒ぎではない。正しい状況判断も出来ない最低の人間。否、ただの虫けら以下だろう。

 いつもより一段と輝いて見える糸を伸ばし、倉橋の右手に括りつける。

「実に残念だよ、倉橋」

 愉快でたまらない。そういった表情を浮かべ、僕は、倉橋の右手をそっと握った。

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