表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新世界へ  作者: 戸雨 のる
陸-6-
32/36

サクラ

 ごめんね。私の分も、長く、幸せに。

 最後の方は小さすぎて、樹には聞き取れなかったかもしれない。けれど私は、樹の母親は。確かにそう言っていた。

 ――サクラちゃん、お願い。

 この声は、誰のもの?

 ――少しだけ、貸して頂戴。

 この声は、おばさんのもの?

 私には肯定も否定も出来ず、ただ声を聞き続けることしか適わなかった。動くこともままならない身体。きっともうすぐ、死の世界へと足を踏み入れる。

 そうでなければ、今見た走馬灯の説明がつかないのだから。

「……五木、僕は決めたよ」

 まぶたに明かりを感じる。動く影を感じる。まるでただ目を閉じているだけのような錯覚。私はまだ、生きているのだろうか。

 頬を撫でる風を感じる。側に立つ樹の温もりを感じる。私はまだ。

「倉橋。神に、なるんだろう?」

 まだ。欲望に忠実に、生にしがみ付いている。

「ならないよ」

 相変わらず身体は重く、自由に動きそうにはない。それでも、確実に。

「ならない?」

 マサキくんの声。いつもの穏やかな心地良い響きとは違う、悪意を孕んだ声。けれど、おそらくは。

「……じゃあ、その女がどうなっても良いってことか」

 鼓膜をじかで振動させるような、脳に直接響くような声音。間違いない気がする。けれど私には、何の話かは判りそうになかった。

 樹は今、側にいるのだろうか。温もりは感じるのに、存在は確認できていない。目を開き姿を見たいのに、私の身体は言うことをきいてくれそうにない。凍りついたかのように動けず、ただじっと横になり続けていて。

「良くないよ。だから」

 樹が動く。私の側から離れ、どこかへと。靴底の擦れる音。ゆっくりと、おそらくはすり足で進んでいる樹。何をしようとしているのかは、判らない。

 判らないけれど。

「だから、僕は」

 何かを決意したような口調。

「僕は、護る」

 何かを覚悟したような口調。

「サクラも母さんも、僕自身も」

 弱々しい風と共に漂う鉄の臭いが、これからの樹の行動を示唆している。そんな、気がしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ