イツキ
倉橋には通じないらしい。面倒だが、そういうところも悪くはない。僕の仮面を見破れるような人間だからこそ、神になるに相応しいのだ。
「母さんが、言ってるんだ」
呟くように小さな声で、倉橋は続ける。
「五木正輝は人間じゃないって」
その言葉は正しいが、間違ってもいる。僕を人間如きと一緒にしてくれるなという、憤りも感じている。いったい何だと思っている? 僕は、神だ。
神は人間とは違う。神は選ばれし存在。僕はこの現世でただ一人の、ただ一柱の神だというのに。
「……だったら?」
それなのに。判っていて尚、逆らおうと言うのか。倉橋は僕が想定していたよりも余程頑固で、余程愚からしい。
まあ良いだろう。愚か者には、それなりの制裁を加えてやればいいだけだ。そうだろう?
「だったら何だって言うんだよ。倉橋、僕の話を聞いてなかったのか?」
糸を手繰る。女に括った黄金の糸。
「もう一度だけ言ってやる。僕に協力しないか?」
強く引き、死の世界へと近付ける。
早く答えろ、倉橋。答え如何でこの女の命運も変わってくるのだから。
「協、力……」
倉橋の呟きに合わせるように、常世の民がかすかに揺らめく。あの影が倉橋の母なのだろう。余計なことを吹き込んだ、忌むべき存在。早いところ転生していれば良かったものを。
左手を伸ばし、影へと向けた。左手は過去。過去のものから過去を奪えばどうなるか。これは結構な見物だろう。
目の前で母が消える様を、見せ付けるのも悪くない。神としての能力を、見せ付けるには丁度良い。
「倉橋。僕に協力しないとどうなるのかって、判ってる?」
口角を上げ、わざとらしく微笑む。何も口にしなくとも、この表情で通じるだろう。善良で柔和な仮面を外し、ありのままの僕を見せる。
ありのまま。神としての僕の姿を。
「……ねえ、答えないの?」
左手で影を捉え、過去を奪う。過去、すなわち記憶。母としての記憶を失えば、倉橋に余計な口出しをすることもなくなる。
ゆっくりと流れ込んでくる記憶。反吐が出るほど幸せな家庭。僕の偽りの家族とは違う。裏のない、幸せな。




