サクラ
私は今、どうなっているのだろう。
逝こうとしていた。目をつむり、ゆっくりと歩み。屋上から飛び立とうと思っていた。思っていた、はずだった。けれど私の身体はまだ存在しているし、確かな呼吸も続けている。死んではいない。少なくとも、今はまだ。
ひょっとしたら死ぬ直前で、走馬灯を見ているだけなのかもしれない。樹との思い出。唇の温もり。思い出すのは樹のことばかり。
ああ、私。もうすぐ終わるのか。
耳元で、樹の声が聞こえる気がした。ゆらゆらと漂う身体は、波間に揺れる木の葉のよう。私の存在の小ささを、如実に物語っていて。
「……サクラ」
イツキ、ごめんね。私のせいで不幸にして。でももう大丈夫。私がいなくなれば、きっと幸せになれるから。
――サクラちゃん、聞いて。
これは私の中からの声? 影の囁き?
――意志を強く持って。生きようとして。
生きようと? 私が? こんなに罪深い私が?
罪を重ね、それでもなお生きることを望んでしまうような、価値のない存在なのに。罪深いからこそ、生に固執してしまうだけなのに。
揺らめくのは私の身体、私の意志。光輝く世界から、闇に包まれた世界へと。落ちる。堕ちる。堕ちて消えてしまえば良い。不相応な望みを抱き、不相応な生活を送った私の。
――サクラちゃん。
私に、下された罰を。
聞こえてくる声とともに、身体が妙な熱を帯びた。暑い。灼熱の業火に投げ込まれたかのよう。暑い。熱い。
あまりの熱に閉じていた目を開き、自由にならない腕で汗を拭おうとした。けれど、動かない。身体が。閉じた瞼を上げることは叶っても、汗を拭うことは適わない。
これも罰の一環なのだろうか。それとも。
――あなたは悪くないわ。
自分に都合のいい妄言ばかりを垂れ流し、私は、私を肯定しようと試みている。不可能なのに。知っているのに。
「……倉橋、何の話?」
マサキくんの声が聴こえる。これは、雨の日の出来事?
「何で僕が、信用出来ないの?」
傘の中から見上げた横顔。美しく妖艶な、同級生の立ち姿。走馬灯は、過去の出来事を映し出す。だからきっと、この会話は過去の会話だ。
たとえ覚えていなくとも。たとえ違うと気付いても。たとえ、樹の声が聞こえても。
消えゆく私の、走馬灯でしかないのだ。




