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新世界へ  作者: 戸雨 のる
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イツキ

 ふらふらと拠り所なく歩く女には目もくれず、僕はただ、扉の前に立ち尽くす倉橋樹の姿を見つめていた。あの表情は、どう捉えるのが正解だろうか。クラスメイトの生存を安堵しているように見えるが、困惑の色も窺える。

 ああ、そうか。僕は倉橋に宴の趣旨を説明していなかったのだ。いきなり来賓と言われても、戸惑うのは仕方がなかろう。

 倉橋も所詮は人間だ。

「まずは疑問に答えようか、倉橋」

 何故ここにいるのか。教えてやらねば知りようもない。

「来賓席がここにあるから、だよ」

 校庭を見下ろし、高みの見物。神のみに許された特権。餌の散りゆくさまを眺め、現世の終焉を祝う。

「来、賓……?」

 怪訝な顔で僕を見る。倉橋は何も判っていない。

「そうだよ、この世で最も盛大な宴の」

 主賓は僕、来賓は倉橋。太陽が照りつける中、常世の生誕を祝福する。高天原の宴より、はるかに盛大な祝賀会の。

 燃え盛る太陽に見せ付けるように右手を掲げ、美しく輝く黄金の糸を身に纏った。今の倉橋には、まだ見ることの適わぬ輝き。神への階段を登った暁には、操れずとも触れられるだろう。目映い、神の威光を。

 僕という、神のもとで。

 この世界を、否、全てを統べる至高の神。高天原で怠け続ける忌々しい奴等よりも、僕の方が神に相応しい。はるかに相応しい。

 ゆっくりと送り込まれてくる生命と共に、黄金の輝きが増していく。倉橋の目には映らない、僕だけの至宝。目を閉じゆっくりと歩いている女の手にも、僕の金糸は繋がっていた。

 しかしまだ、死んでもらうには早過ぎる。生かしておく必要もないが、保険は残しておいた方が良い。

「倉橋……サクラ、止まれ」

 糸を引き、立ち止まらせる。このまま放っておけば、屋上から飛び降りるだろう。僕としては、それでも一向に構わないのだが。

「倉橋桜、命令だ」

 この女をこうして操るのは二度目か。佐倉に襲われた時に逃がしてやったのが、一度目。今が二度目。どちらも命を助けてやっているではないか。ああ、僕はなんと慈悲深いのだろう。

 まあ、全ては倉橋のためなのだが。僕の片腕となり永遠を共にする、選ばれし御子。神になるのを拒むのであれば、あの女を使えば良い。情に流されるようではまだまだだが、未だ人間なのだから仕方があるまい。情を捨て、高天原に還り。倉橋が真の神となり得た時に、改めて女の処遇を考えれば良い。

 とは言え、答えは判り切っているか。どちらにせよ、この女は贄の仲間になるしかないのだ。それが早いか遅いかの違いだけで、道は、ただひとつ。ただの愚民にしては上出来な。神のために命を捧げる。他の者共より直接的な形として。

 倉橋桜、お前は運が良いよ。

「サクラ!」

 倉橋が女に駆け寄る。その後ろには、常世の民と思しき姿。曖昧な存在感と漂う陰湿な空気が、間違いないと告げている。校舎内は既に混沌に落ちているのだろう。黄泉比良坂の解放は上手くいっている。そうでなければ、常世に堕ちた者が現世に浮かぶはずもない。

 あの影が何者かは判らないが、僕の邪魔立てはさせない。もっとも、あのような愚かな存在に、何かが出来るとは思わないのだが。

 倉橋が女の肩を揺さぶり、意識の有無を確認していた。無駄な努力だ。倉橋桜の意識はそこにはない。僕の手の中で眠っている。

 右手を握りしめ、口を開く。伝える要件は、ただひとつ。

「倉橋。神に、ならないか?」

 常世を統べる全能の神に。

「……僕にならサクラさんを助けられる。協力してくれるなら、手助けするよ」

 これは半分嘘だ。助ける能力なんてものはない。現状危険にさらされているのが、僕の能力の賜物なのだ。それ故、正しくは助けるでなく解放するとなる。そんな瑣末なこと、倉橋には関係ないが。

 歩みと共に意識を止められた女はその場に立ち尽くし、倉橋の腕の中で揺れていた。とても人間とは思えない、ただの木偶のような有様。しかし関節が柔らかく動く分、人間の方が動きが醜い。

 生命とは、かくも醜きものなのだ。知らなかったろう?

「な、倉橋」

 僕の提案を聞いていなかったのか、倉橋はじっと黙っている。動揺しているのだろう。仕方がない。慈悲深く寛容な僕は腹を立てることもなく、静かに、再度言葉を投げかけた。

「サクラさんを助けたいんだろ?」

 貼り付けたような笑顔を浮かべ、疑いようのない声色で。

「協力するよ」

 普段そうしてきたように。相手に何も覚らせないような善良な笑みで。それなのに。

「……五木」

 僕のかりそめの名を口にし、睨むような表情を浮かべ。

「僕には、五木の」

 女の肩を抱き、そうっと地面に横たえ。

 影の手をとり、吐き捨てるように。

「五木正輝の言葉を、信用することは出来ない」

 何かを察知したのか。僕の言葉を受け入れないと。はっきりと。倉橋は、そう、述べた。

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