イツキ
随分と時間がかかっている。
僕は糸を強く引き、再度、女へと命令を下した。
――倉橋樹を連れてこい。
利用価値があるからこそ、残してやった。佐倉に襲われた時に見捨てても良かったものを、わざわざ残してやったのだ。
あの時の命令は忠実に聞いたのに、今はまだ来る気配もない。逃げろという命は受けても、来いという命は受けないというのだろうか。動かないのであれば、断ち切るのみ。僕にとってはどうということのない、価値のない存在なのだから。
ああ、否。利用価値はなくもないか。倉橋樹が万が一、僕に逆らうというのであれば。人質として使えなくもない。まあ、断る理由もないのだが。
神の仲間にしてやろう。
これを断る人間などいない。人は神を目指し、神に近付くよう進化してきたのだ。神となり永遠の命を手にすることを拒むような、愚かな真似をするはずがない。
常なる世には知性が必要。倉橋樹は使える。
神童などというくだらぬ呼び名は必要ない。僕が欲するのは、あいつの能力。絶対的な記憶力と、圧倒的に柔軟な思考力。この先、幾千年の時と共に知識を蓄え、世界に君臨し続ける。あいつの能力は、そのための一助となるだろう。しかし。
父殺しの片棒を担いでやったことに、倉橋樹は気付いているのだろうか。
使う予定のない糸を括り、倉橋の周囲に振り撒いていた。あいつが父を見ていられないと言ったから、僕は手を下す補助をした。
感謝をして欲しいものだ、全く。
準備万端と思い、倉橋樹の糸を解いた。しかし、まさか普通に生活を送ろうとするとは。あれは大いなる誤算だった。もっとも、糸を括り付けたままにしていては、そのうち魂が腐ってしまうのだが。
腐乱した魂は必要ない。能力を生かすには、鮮度を落とすわけにはいかない。
「早く来いよ」
倉橋の父は自殺だ。倉橋は自分がやったと思っているようだが、あんな殺意の欠片もない刺し方で、人を殺せるとでも思っていたのだろうか。
経験がないというのは怖ろしい。ひどく怖ろしく、愚かしい。しかしこれからは、いくらでも経験を積ませてやろうではないか。支配者と、被支配者。当たり前の、自然の摂理。弱きは肉として、強きに食される。
僕は、支配者として君臨する。
食される矮小な存在から、食す側にまわれるのだ。断る理由などあるはずがない。
「……なあ? 太陽よ」
僕は頭上に輝く忌々しい太陽を見上げ、嘲りの声をあげた。




