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新世界へ  作者: 戸雨 のる
死-4-
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イツキ

 動かなくなった従兄弟を一瞥し、僕は階段へ向かった。目指すは、屋上。学校という場所はとても良い。活気に溢れ、感情が渦巻き、死が見え隠れしている。

 黄泉比良坂の封印を解き放つには、丁度良い。

 階段。坂。通じる場所がどこにでもある。生に溢れ死に直面しているこの場所は、より良い環境と言えるだろう。

 重い扉を開き、屋上へと足を踏み出した。生温い風が心地良い。僕は雲に覆われた空を見上げ、口元を緩ませた。

 七不思議というものは、案外正しかったりもする。霊を見たという証言は、正確には嘘でしかない。しかし、人ならざるものを見たというのであれば、それは、間違いではないのだ。

 限りある生命に惹かれ、永遠を捨てようとする愚かな常世の住人たち。常に憧れ、能力もないのに永遠を手にしようとする哀れな亡霊たち。人ならざるものとして、行く宛を失う下等な存在共。学校を彷徨うこれらが、見えたとしてもおかしくはない。

 僕は博愛精神に溢れているので、このような下劣な生命も救ってやろうと考えている。現と常が混在するようになれば、中途半端な境界人は消滅を免れ得ない。しかし僕は、そのような下等な奴らにまで手を差し伸べてやるつもりなのだ。なんと優しいのだろうか。

 つまり、完成前に僕に従う意思を見せた者共は助けてやらないこともない、ということなのだが。悪い提案ではないだろう。

 人間よりも永い刻を生きられるのだから、知識だけなら蓄えられる。温情。神の慈悲深さに、是非とも感謝して欲しい。

 そうだろう? 愚かな亡霊共よ。

 校庭に転がる死体の山に、優しく声を掛けた。生命は抜いたが、魂はまだ彷徨っている。僕が必要最低限の人数しか操らなかったことには、理由があるのだ。操ってしまえば魂は朽ちる。色を失い、言語を失い、自らの感情でさえも失ってしまう。色褪せ、朽ちた魂は使えない。しかし。

 使えるものは死者でも使え。

 どうせこ奴らには、僕の提案の真意なんてものは判らないのだ。生前気付けなかったことに、死後いきなり気付くはずがあろうか。

「……方々に散れ」

 まるで将棋の駒だ。思い通りに動く、僕に忠実な下僕。大して永い刻を生きていたわけでもない癖に、僕の機嫌を窺おうとしている愚か物共。

 救われるとでも思っているのか。僕の命令に従う木偶の坊を見ていると、どうしても嘲笑が漏れ出してしまう。

「精々頑張れよ」

 無能ほど罪深いことはない。生命と共に理性までも失ったか。これはただの傀儡。傀儡の癖に永遠を得ようとは。身の程知らずも甚だしい。

 残す価値を感じるのは、知性と知識を備えた愚者。だから、率先して動くお前らは使い捨てだ。ああ、捨ててやるよ。家族だった愚民共と同じようにな。

 遥か太古からこの地に憑いている亡霊は、残してやらないこともない。僕が言っているのはそういうことだ。理解力のない傀儡共は、判っていないようだったが。

 薄曇りの空は、太陽の視線を遮り続けている。せっかくの宴を見物しないとは、太陽とやらも愚かなものだ。

 まあ良い。宴は今日だけに限らない。次の機会には、無理矢理にでも招待状を送りつけよう。太陽の下、殺戮の宴を開催しようではないか。月光ほどの妖しさはないにせよ、陽光に照らされ輝く生命はさぞ美しかろう。

 そう。まるで、高天原の酒宴のように。

「聞いてるか? 太陽よ」

 僕はもうこの国を、この世界を手中に収めつつある。取り返したくとも、もう遅い。僕が生誕した時点で、こうなることは決定していたのだ。

 屋上を吹き抜ける風は、鉄の香りを含んでいる。懐かしく、心地の良い匂い。永遠の世界に存在する、沼の芳香。生命の残り香。

 雲に隠れた太陽に向け、見せ付けるように右手をかざした。方々に散った黄金の糸が、僕の身体を包み込む。雲間から注ぐ僅かな光に融けるよう、淡く美しく糸が輝く。

 黄金の反物を身にまとい、僕は至上の神になる。

 手始めに、今。この場で。この建物で。黄泉比良坂を解放しよう。

 僕は屋内に繋がる階段へと赴いた。重い扉に手をかけ、ゆっくりと開いていく。薄暗い扉の向こうに広がる世界を。

「常なる月夜はあとわずか」

 刹那の刻を永遠に。

「僕は神に」

 現は幻に変わる。世界は次の一歩を歩み出す。

「還る」

 常なる楽園を。解放、する。

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