イツキ
人の葬儀に雨が降る。これは、涙雨だろう。お誂え向きの天候は、僕のための喝采。生憎、傘の奏でる拍手は鈍いが。
久方振りに袖を通した制服に、俄かに雨が染みる。あと数日でまた着るはずの、画一的で便利な格好。悪目立ちせず、印象は学生に留まる。堅苦しいが、僕はこの服が嫌いではなかった。
重い足取りで、会場に向かう。傘を差し歩くと両手が自由にできないが、不自然さを誤魔化しやすくもある。
「ねえ、佐倉」
透明の傘が、雨粒で曇る。僕の表情は僕にしか判らない。
「……どうしたの?」
しかし僕は涙を零した。歓喜の涙。或いは、退屈に誘発された欠伸による涙を。
「いや、どうなるのかなって」
風が吹く。雨粒が舞い上がり、僕の頬を濡らす。傘が音を立てる。疎らな拍手。祝いの席には物足りない。しかし、悪い気はしない。
祝賀、祝儀。葬儀。担任だった男の弔い。
相手に対してどのような感情を抱いていたのか、判ろうとは思わない。しかし参列者共は、一様に涙を浮かべていた。滑稽なほどに。わざとらしいまでに。
僕もまた、例外ではないが。
腹の中で嘲り、表面では涙する。僕の器用さは相当だろう。誰ひとりとして、疑いの眼差しを向ける者はいない。僕の言葉が意味することなど、誰にも判るはずがないのだ。
「この先、どうなるのかなって」
これが不安の吐露ではなく、素晴らしき未来への思慕だなど。
そぼ降る雨は激しさこそないが、纏わる湿気が鬱陶しい。全身にうっすらと汗が滲む。額から滴る汗は、そこはかとなく涙に似ており。
「もうすぐ学校、始まるから」
ひどく不快で、とても愉快だった。
「確かに。どうなるんだろ」
佐倉が僕に歩み寄る。手にした傘から滴る雨が、僕の肩に染みを作る。白のシャツが濡れ、色がくすむ。
「先生の代わりの先生とか、来るのかな」
ハンカチで額の汗を拭う。ついでに、零れた涙も。芝居がかった行動だが、祝儀の席には相応しい。
「……そう、かもね」
傘から垂れる雫の行方に気が付いたらしく、佐倉は僕から僅かに離れた。距離を弁えてくれるというのなら、濡らされるのも悪くない。
透明のビニール傘越しに、会場内を見回す。中学の制服を着た男女が、かなりの人数集まっている。重苦しい雰囲気は、如何にも葬儀の会場で。
耳を澄ますと、雨音の向こうに女子のすすり泣きのような声が聞こえた。時折混ざる、何で、という疑問が、僕の笑いを誘う。
その疑問の答えは僕が握っている。だから僕は、笑いを堪え続ける。
「……雨、止まないなあ」
左手を傘の外に出し、雨を受けた。
「涙雨っていうんだよね、こういうのって」
掌に当たる雨は、温い。
「暫くは、止まないんだろうな」
薄灰色の雲を見上げ、呟いた。世の中は物騒だね、と。感情を押し殺し呟いた声は、どのように聞こえるだろうか。
「そうだね」
佐倉の同意の弁を耳にし、僕の肩が震えた。おかしくて仕方がない。何も知らず、よくもそんなことが口に出来る。愚かしいにも程があろう。
これはただの練習。或いは、歓喜するべき僥倖だというのに。
あまりにも愚かな目の前の人間に、僕は思わず教えてやりたくなってしまった。
世の中が生まれ変わるための儀式なのだ、と。
 




