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新世界へ  作者: 戸雨 のる
惨-3-
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サクラ

 繰り返し名前が聞こえ、写真が映し出され。ようやくそれを認識した頃には、髪が若干乾いていた。

 画面に映る緊急生中継の文字。連呼されている聞き覚えのある名前。樹のクラス担任の写真が、はっきりと映し出されている。名前も、年齢も、間違いなく先生のもので。

「イツキ!」

 けれど。報道の内容は、本人のものなのだろうか。

 麦茶の入ったボトルを手に、樹が慌てて戻ってきた。私が黙ってテレビの画面を指差すと、食い入るように見つめ始める。

 その表情は、何かを確認するような、ひどく冷静なものだった。

「……何、これ」

 漏らすように呟く。信じられないというより、信じようがないと言った方が正しいだろう。

 樹は手にしたボトルを机の上に置き、左手で髪を掻き上げる。

「サクラ、これ、どういうことだろう」

 冷静を装っているのか、芯から冷静なのか。ひどく無感情に。視線をテレビに固定したまま、樹は私に訊ねてきた。

「私も、点けたばっかだから」

 樹のクラス担任が死んだ。

「島崎先生だよね、これって」

 私の中学の先生が殺された。

「でも、ねえ、嘘だよねこれ」

 私は何か喋り続けていないと不安で、意味の判らないことばかりを口走る。報道で知った顔を見るのは初めてで、動揺しているのかもしれない。否、動揺していた。間違いなく。

 小刻みに震える手が、それを物語っている。樹の腕に手を伸ばし、そっと掴む。不安が伝染したらしく、樹の表情が少しだけ、曇った。

 樹は多分、人の死に敏感だ。接した回数が私とは違う。家族を失ったことのない私には、想像がつかないような経験。私にとっても樹の家族は身近な存在だったけれど、そんなもの、比にはならない。

 正確には、私は母を失っている。とはいえ、生まれてすぐ、何も覚えていない段階でのことなので、経験には入らないだろう。

 樹の腕を掴む手に、ぎゅっと力を込める。私はここにいるよと伝える。

「……サクラ、僕」

 樹が何かを口にしかけた時、廊下から、固定電話の呼び出し音が聞こえてきた。

「電話、僕が出るよ」

 私の手をゆっくりと振り払い、樹が廊下に出ていった。きっとこの電話は、先生の件だろう。緊急連絡網か、友人からの連絡か。どちらにせよ、樹宛のものに違いはない。

 へたり込むように床に座り、私は、テレビを見続けた。

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