サクラ
繰り返し名前が聞こえ、写真が映し出され。ようやくそれを認識した頃には、髪が若干乾いていた。
画面に映る緊急生中継の文字。連呼されている聞き覚えのある名前。樹のクラス担任の写真が、はっきりと映し出されている。名前も、年齢も、間違いなく先生のもので。
「イツキ!」
けれど。報道の内容は、本人のものなのだろうか。
麦茶の入ったボトルを手に、樹が慌てて戻ってきた。私が黙ってテレビの画面を指差すと、食い入るように見つめ始める。
その表情は、何かを確認するような、ひどく冷静なものだった。
「……何、これ」
漏らすように呟く。信じられないというより、信じようがないと言った方が正しいだろう。
樹は手にしたボトルを机の上に置き、左手で髪を掻き上げる。
「サクラ、これ、どういうことだろう」
冷静を装っているのか、芯から冷静なのか。ひどく無感情に。視線をテレビに固定したまま、樹は私に訊ねてきた。
「私も、点けたばっかだから」
樹のクラス担任が死んだ。
「島崎先生だよね、これって」
私の中学の先生が殺された。
「でも、ねえ、嘘だよねこれ」
私は何か喋り続けていないと不安で、意味の判らないことばかりを口走る。報道で知った顔を見るのは初めてで、動揺しているのかもしれない。否、動揺していた。間違いなく。
小刻みに震える手が、それを物語っている。樹の腕に手を伸ばし、そっと掴む。不安が伝染したらしく、樹の表情が少しだけ、曇った。
樹は多分、人の死に敏感だ。接した回数が私とは違う。家族を失ったことのない私には、想像がつかないような経験。私にとっても樹の家族は身近な存在だったけれど、そんなもの、比にはならない。
正確には、私は母を失っている。とはいえ、生まれてすぐ、何も覚えていない段階でのことなので、経験には入らないだろう。
樹の腕を掴む手に、ぎゅっと力を込める。私はここにいるよと伝える。
「……サクラ、僕」
樹が何かを口にしかけた時、廊下から、固定電話の呼び出し音が聞こえてきた。
「電話、僕が出るよ」
私の手をゆっくりと振り払い、樹が廊下に出ていった。きっとこの電話は、先生の件だろう。緊急連絡網か、友人からの連絡か。どちらにせよ、樹宛のものに違いはない。
へたり込むように床に座り、私は、テレビを見続けた。




