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新世界へ  作者: 戸雨 のる
零-0-
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イツキ

 選民思想。危険人物。何より目立たないことが、僕の存在を長らえさせる秘訣だと思う。

 能力に気が付いたのは、物心がつくよりずっと前。僕は優れていて、周囲は愚かだった。

 命の大切さを説きながら、他者の命を食らう。食物連鎖という言葉を、本質的には理解していない愚民たち。弱肉強食という真理を、本質的には拒んでいる愚者たち。

 僕は蔑みの目を向けながら、愚かな存在に従うふりをし続けていた。

 昨日までは。



 遠くから響いてくるサイレンの音に併せ、偽りの涙を浮かべた。表立つ感情を操ることはとても容易い。ましてや、この状況だ。言動に瑕疵が存在しても、誰も何も気には留めないだろう。

 一家惨殺事件の生き残りなのだ、僕は。

 多少の異常は見逃されるような、同情を集めるにはこれ以上ないうってつけの。なんと素晴らしい配役か。僕は不幸な少年だ。誰にも咎められることのない、完全犯罪。僕が起こした事件によって。

「君が、イツキ……くん?」

 さっそく憐憫の眼差しを向けてくる警察の人間を見上げ、鼻を啜った。涙を堪え口を開き、けれど衝いて出るのは嗚咽のみで。

 我ながら感心するほどの演技力。完全なる悲劇の少年。言葉など必要ない。何かを言わんとして喉に詰まらせている方が、余程それらしく見える。

 腹の中でいくら嘲笑しようとも、相手には判らないのだから。

「あ、あの、と、父さ、たち」

 あの忌々しい愚民共は、死にやがったんですよね?

 洩れそうになる本心を抑え、言葉を紡ぐ。震える声は、歓喜の証。しかしそれは絶望に似た響きを孕んでいて。

 目の前に立つ男が、僕の肩に手を置いた。穢らわしいが、愉快でもある。不幸な少年に対する同情、或いはただの優越か。何れにせよ愚かしい感情でしかないのだが、剥き出されたその悪意に、本人は気付いていないらしい。上っ面の優しさで、僕に言葉を投げ掛けた。

「今日は、ゆっくり休むと良い」

 あまりの馬鹿馬鹿しさに、思わず噴き出しそうになる。この愚者は自分が何を言ったのか、判っているのだろうか。どういうつもりでそんな言葉を口にしているのだろうか。

 普通の人間ならば、こんな状況で休めるはずがない。それを理解していないのか、理解する気がないのか。理解した上で己の立場を確認しているのかもしれないが。

 嗚呼、くだらない。高々四体が死んだだけだというのに。どうしてこうも非常事態のような扱いを受けなければならないのか。全くもって意味が判らない。

 尤も、殺されたのが僕だというのであれば、話は別だ。この僕の命を脅かす存在が、現世うつしよにいるはずもないのだが。

 僕は選ばれた人間だ。否、人間などという愚かな生命体とは違う。もっと崇高で高尚で、荘厳で畏怖に満ちた。

 生命を操り、思想を支配し、この現世を変える存在。僕以上に尊い生物は、この世界には存在し得ない。

 死への恐怖を削ぎ落し、生への執着を切り離す。

 ――常なる世。

 それを創造出来るのは僕だけであり、僕に課せられた唯一の使命でもある。

 口元が緩むのを抑え、虚ろな表情を浮かべた。今はまだ、笑むには早い。暫くは大人しくしていた方が、きっと。

 促されるままパトカーの後部座席に乗り込み、外を見やる。野次馬の群れる様は、街灯に集る害虫に似ていた。穢らわしさは、同一かもしれない。

 不自然にならないよう、顔の前で手を開いた。扉を閉める刹那、拳を握る。些末な変化。ほとぼりが冷めるのを静かに待つための。或いは、着実に事を進めるための。

 仄僅かな温もりを残し、両の拳を膝上に置く。小刻みに震える僕の身体は、実に被害者らしかった。疼きを、抑えているだけだというのに。

「……僕は」

 嗚呼。何故、僕はこれほどの能力を持って産まれてしまったのだろう。桁外れの才能には、見合った使命が付き纏うというのに。

「僕の……」

 使命。大粛正。僕がその気になれば始まる。いつでも、どこでも。今すぐにでも。死の淵に立っていようとも。生の捌け口に追い込まれようとも。

 僕が僕を認識している限り、僕は僕であり続ける。僕が使命を全うするまで、僕は特別であり続ける。

 世界を握りしめるのは、僕の両の手。左手には過去を、右手には未来を。

「……キ、くん」

 握り締め、握り潰す。

 同情の念を露わにし、ハンドルを握る男が呟く。握り締めた両手の意味を、勝手に勘違いしたらしい。

 人は自分の物差しでしか、他者の思想を測れない。正数しか測れない定規で、僕の虚数を測ろうとする。その愚かさに、気付きようがない。

 ぼんやりとした月明かりが、住宅街を照らし出す。闇が明けるのは近い。永遠の朝が、もうすぐやってくるだろう。

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