一話
クレメンザは今日十二本目の煙草を口に咥えた。
火をつけ、深く息を吸う。
やはり研究所で作られたものは良い。
…少なくとも、ルー・トライブの獣人どもが吸っているのよりは、よっぽど。
中毒性のある香りが肺を満たすのを感じるのと同時に、
微かな優越感に似たものが胸を満たした。
―これを十分に堪能してからでも、今日の観察記録、
それから検査結果の報告書にとりかかるのは遅くない。
深い紫色の目を細め、クレメンザは暫しのあいだ、心地よい舌の痺れを味わった。
メノウの灰皿に吸殻を押し付けていると、ドアの開閉するシャープな音が聞こえた。
…隣室から。
続く、誰かのくぐもった欠伸。何から何まで筒抜けだ。
仮眠をとる事を目的とした部屋の壁は、研究室のそれと違って薄くできていた。
仮に羞恥心の欠如した人間がいたとして、それでもここで性行為に及ぶことはできないだろう。
最も、ここに女性はいない。
唯一の女性、実験体の教育係の今日子は外部から通っていたし、
クレメンザは少なくとも、ここで彼女以外の女性を見たことは無かった。
そしてその女も、先日処分された。
―ニンゲンを創る事を目指した研究所で、本来踏まれる筈のプロセスは行われることが決してない。
その皮肉さに、クレメンザは思わず喉を鳴らして嘲う。
あの女、今日子。
書類でのやり取りが殆どで、直接会ったことは数える程しか無かった。
東の大陸から来たという彼女はひどく小柄で、
ふとした瞬間にはまるで少女のようにも見えた。
たまたま一緒に研究所のゲートをくぐった時に
セキュリティカードに刻まれた彼女の年齢を横目で見て、
愕然とさせられた経験もある。
それでも、彼女の思慮深さがうかがえる眼差しや研究者としての考えを述べる際の言葉には、
年齢相応の印象、あるいはそれ以上のものさえ感じられた。
そんな時クレメンザは密かに(そして勝手に)感心したものだ。
だからだろうか?
あの実験体の少年と接するのが、前にもまして苦痛になってきたのは。
そうなのかもしれない。
優秀な研究員であった彼女が、いつからか愚かなスパイ行為を行っていた、
その嘆かわしい変貌の原因は、あの子供なのだから。
今日子はあの実験体に、アル―イルだったか?―などという名前までつけて
可愛がっていたという話だ。
そして彼女は、自らとあの実験体を保護することと引換えに、
急ごしらえの反乱軍などに情報を売っていたなどというのだから、
まったく笑えることだ。
ゴミがいくら集まってもゴミ。
ゼロをいくら掻き集めても、ゼロでしかないというのに、
彼女にはそれがわからなかったのだろう。
十三本目の煙草を吸おうか迷って、結局火をつけた。




