十話
汲み置いていた地下水で顔を濯ぎ、プラナは秀麗な眉をひそめて溜め息をついた。
今朝もあの少年が起きてくる気配はない。
「三年前」のあの時もそうだった。
突然房から連れ出され、飛竜に乗って三日三晩空を飛んだというのに、彼は赤子が母の腕に抱かれているように安眠していた。
トラシーボは度胸があるとか言って感心していたが、寝汚いのだ、要するに。
白い頬を、「麻布」で強く拭って、「彼」の部屋へと向かう。
あの少年がここに来て、いつからか彼を起こす役目は自分のものになっていた。
いくら自分が少年の世話役であるといっても、十七になった女が、弟でもない、いくつも変わらない―きっと変わらないであろう―男を起こしに行くという状況にプラナは首をかしげたくなる。
とはいえ、ケイヴァンの補佐という仕事の一部には変わりないのだし、ウルのこともそう嫌いではない。役割自体に、プラナは特別不満を持ってはいなかった。
しかし、あの部屋の扉を開く瞬間の感覚は、いつまでたっても慣れなかった。
扉を開けて一歩中へ踏み出す瞬間、
誰かいる気がするのだ
少年と自分の他に
おざなりなノックの後に扉を開き、臭いの無い濃厚な気配につつまれながら、プラナは薄灰色のシーツを思いきり引き上げた。
細い体が床の上に転がる。
黒い軍靴の底で、プラナは床を2回、強く打ち鳴らした。
こうでもしないと起きないのだ、本当に―。
目を擦りながら何か意味のない言葉を繰り返す少年―ウルを急きたてて、自分は部屋の外で準備ができるのを待った。
少し経って出てきた少年を連れて、長い廊下を歩く。
まだ後ろでぶつぶつと言っているのを無視して歩き続けていると、前方に暗い赤色が揺れた。
―厄介な
赤い髪を腰まで伸ばした長身の姿はアシュレーだ。街へ出るところなのか、シグルーンの黒い軍服は着用していない。
プラナたちエリュシオンと彼の所属するシグルーンが同盟を結んで久しいが、何が気に食わないのかこの青年は、顔を合わせるたびに厭味を飛ばしていく。
それに対してウルが喰ってかかるのも毎度のことで、プラナは心底参っていた。
―ミネルバとの戦いで十分エネルギーを失っているのに、なぜ自分の時間がくだらない喧嘩の仲裁に使われなければならないのか?
まだ相手がこちらに気づいていないのを見て取ってプラナは来た道を引き返そうとしたが、アシュレーに気づいたウルが声を上げるのが早かった。
「おまえーっ!この前言ったこと訂正しろよなーっ!!」
拳を振り上げ、そのまま殴りかかっていく。
気づいたアシュレーはそれをいなすと、長髪をひるがえして鋭い蹴りをくりだす。
戦いは終わらないのか?
努力むなしく、いつまでも繰り返されるのか?
―いや、止めてみせる。けれど……
プラナは溜め息をついた。




