第1話
上空50メートル地点を時速70キロの速度で飛行するオスプレイの中で、彼らはそれぞれ今の現状について話し合っていた。
避難してる人の安全を確保するためにはより高い速度を発しなければいけないのだが、そうなるとプロペラの回転音、そして何よりエンジン音が増大してしまう。
もし目的地に着いたとしてもそれでは音につられた死者達までもがそこに群がってくる事になる。
「――とは言っても流石は最新鋭ヘリのオスプレイってとこみたいだね」
「隊長~…。この状況下でその喋り方……やめません?」
「…はぁ。了解だ。俺としてはあまり変えたくないんだが、部下の士気に関わるようでは仕方がない」
気づかれない様子だったら素の口調のままでやり通そうと思っていたが、アレンに指摘され澪次は渋々と少々キツイ話し方に改める。
これは任務中での彼の口調ではあるが、意識して変えているため人格が変わったなどそういったことではない。
――それに澪次自身この話し方は好きではない。むしろ苦手と言える。
「気持ちは分かりますが我慢してくださいよ。それは俺だって普段の隊長の話し方の方が好きですけど、emergencyの時にはどうも士気が上がらないんですよ」
その事を察した狙撃手の隊員ジーク・アーチャレインが苦笑しながら澪次をフォローした。
周囲の隊員達も澪次という人柄を理解しているため同じような表情をしていたが、アレンはふと澪次が最初に漏らした呟きを思いだし笑みを浮かべる。
「――にしてもこの機体は最高ですね」
「そうだね……」
澪次とアレンは窓から空に浮かぶ機体を見て感想を漏らす。
口調が元に戻ってるが空を飛んでる間だけは勘弁してほしいようだ。
「過去も現在も、この機体の危険性が指摘されきたようですけど――」
「分かってると思うけどそれは違うよ。確かにオスプレイの事故は高い割合で確認されている。…けどそれは機体の不備や故障なんかじゃない」
腕に巻かれたタブレットから過去に起こったオスプレイの墜落事故に関する資料を検出しながら澪次は先を続ける。
NBDUに配属される前の日本特殊作戦群において彼は、陸自(陸上自衛隊)だけでなく空自(航空自衛隊)にも所属していたため、戦車は勿論ヘリや戦闘機を乗りこなす事ができる。
そんな彼だからこそオスプレイの事になると真剣にもなる。
「―――全部……パイロットによる操縦ミスが原因なんだ」
澪次は苦虫を噛み潰したような顔でそう呻くと、動きを止めたタブレットの画面をじっと見つめる。
《201X年○月△日3時27分67秒》
【某基地に置いて米海兵隊03型オスプレイが墜落。機体から回収された記録から判明された原因は操縦手によるスイッチの誤判断と判明。それは機体の両翼回転の調整とエンジンの馬力調整の二つであり、空中で速度を上げる際操縦手は誤って両翼の回転スイッチを作動させたものと見られる。そのためバランスを失った機体は―――――】
「気が緩んでたんでしょうね…」
タブレットを覗き込んでいた隊員達の一人がポツリと呟くと澪次は頷いた。
――そう。事故が発生したのは機体の不備などではなく気の緩みから生じた些細な操縦ミス。
最新鋭を誇るにふさわしい機動力に速度、火力を有するこの機体にパイロット達は油断していたのだろう。
当然の事、今操縦しているパイロットは世界から召集された精鋭なため、事故の心配は必要ないだろう。
「プロペラの回転音が夜なのに全然響かない。隠密にも適応があるってのは本当だったみたいだな」
「大きい機体のわりに安定性は抜群だからね。さてと……そろそろだ」
目標地点の高層ビルは距離にして1500メートル。作戦開始まで三分といったところだ。
澪次は予備の弾倉を弾納に押し込むと、天井に取り付けられている降下用ロープの固定具を解除した。
「総員、意思を奪われた亡者共の弔い掃討といこうか」
「「「了解――」」」
国連議員が避難してる高層ビルはテロに襲撃された際を想定してハイテクノロジー防御システムが内臓されている。
内部を掌握された際に管理を剥奪されぬよう、無人の時には自律制御型となっており武装した搭乗物が近づくと無警告で撃墜するようになっているのだ。
そのため、NBDUは直接ビルには乗り込まずに、一つ手前のコンビニエンスの屋上に吊るしたロープで降下した。
九名を降ろし終えた事を確認した操縦手は離陸すると、空から彼らを援護するためにビルの射程範囲外から周囲を旋回し始めた。
「全く……。もうこの都市には安全な場所なんてないんですかね」
アレンは屋上から下を見下ろすと深くため息を吐いた。今いるコンビニエンスから目的地点のビルに向かうには、下の大通りを通るしか方法はない。
その通りでさえ不自然な歩行をするゾンビが群がっていた。
「……あの程度ならオスプレイの援護があれば楽に通過できるだろう。それより気になるな」
「何がです」
「何が…ではなく誰が、だけどな。NBDU警察機動隊の吉沢秀久の事だ」
「――ああ。あの『はぐれ狼』って呼ばれてる…」
澪次は頷く。
「普通なら彼もここに来てないとおかしいはずなんだが……」
はぐれ狼――それは警察機動隊の隊員でありながら小隊と共に行動しない自由奔放、気ままな秀久につけられた二つ名の事であり、何より普段の行動や仕草が犬……いや狼よりなことが大きい。
ふらっと戻ってきては気がつくとまたいなくなっている――警察機動隊はそんな彼には手を焼かされているが、国連軍本部共に秀久の対ゾンビ適応性を高く評価し、単独での行動を黙認している。
「っていうか若干厨二くさくね。彼、カッコいいとでも思ってるんですかね?」
ジークの呆れた物言いに周囲のメンバーが笑いだした。
澪次は確かにその通りだとも思いつつ、ひそかにこの場にいない親友を同情の念を寄せていた。
(勝手につけられた二つ名なんだから秀久にとっても不本意極まりないっていうのにね…)
「あれ?吉沢中尉って昨日国連に戻ってなかったか?」
何気ない隊員の一言に澪次の笑顔がピシリと固まる。
「あーそういやいたよな。午後辺りにクレープ片手に漫画読んでたような――」
「………」
「俺も見たぞ。確かパフェ片手にゲームしてたような気がする」
「………」
「……何か片手にあるのが甘い物ばかりのような気がするんだが――って……た、隊長?そんな怖い笑顔浮かべながら端末を起動してどうしたんですか?」
苦笑しながら秀久像を思い浮かべていたアレン達は『隊長はどう思いますか?』といったふうに澪次を見るが、その時の彼の表情に気づいて冷や汗を流し始めた。
「んーちょっと待っててね。【こちら003、HQ応答せよ】」
【――こちらHQ 、どうした003?】
【至急機動隊官舎五号室に繋げ、どうぞ】
【…………………………こ、こちらHQ、了解した。回線を繋ぐ、しばし待て】
きっと国連軍本部も今の無線から全容を把握したのだろう。
何より応答までの間がそれを語っている。隊員達は早く回線が繋がってくれるよう気が気でなかった。
次第に澪次の笑みが不気味になってきてるからだ。
待つこと21秒で回線が繋がり、向こう側の映像が表示される。
どうやら呼び出しに応じたのは女性のようだった。
【あ、はいはい。こちら特別機動隊五号室アシスタント雨宮つぐみです】
【――つぐみ】
【え?あ、れっれれれ…レイくん!?どうしたのこんなところまでわざわざ無線を飛ばして!それよりそこ何処なの!まさか生物兵器――】
思わぬ人物だったことにつぐみは驚き、そして画面越しに見える街並みが異常であることに気づいたのか澪次を心配してあわあわと慌て出した。
相変わらずな彼女に慈愛のような微笑みを浮かべる澪次だが、すぐさま真剣な表情に移し変える。
【ねえつぐみ。――そこにいるはずの秀久に代わってくれないかな】
何やら五号室の隅で『ギクゥ!?』って秀久が反応した気がした。確証はないが澪次の感は絶対秀久だと告げていた。
【ウウン。ダレモイナイヨ?】
おまけにつぐみまでもがこうも分かりやすい反応をしてくれたらもう間違いない。
【………】
【………】
【――あ、そういえば僕らの真下にゾン】
【ヒデくん回線だよぉ!】
【汚いぞ澪次!?】
ゆっくりと端末のカメラをゾンビが徘徊している大通りに移動させるやいなや、つぐみリタイア。
近くから秀久の泣きにも近い悲鳴が聴こえてくる。
つぐみは特別機動隊の情報官で、機動隊員達の進路を地図上で誘導したりしている。地図ではゾンビはマークで表されるため怖くは無いのだが、彼女は大のホラー嫌いなため現物を見せられるのは勘弁願いたいのだ。
【やあ秀久。奇遇だね】
【――奇遇の意味を間違えてるぞ】
【ううん奇遇だよ。……だって、僕達と同じようにW.C に派遣されている筈の君とこうして回線越しに出会えてるんだからね】
【れ、澪次。もしかして怒ってるのか?】
【勿論。けど次の任務からは真面目に取り組むなら許して上げる】
【メンドクサイ】
澪次の笑顔が黒くなり始めた。HQも隊員達も事態が悪化しないよう両手を組んで天に祈り始めている。
秀久に説得しても効果が薄いことが分かった澪次は、交渉人物を変えることにした。
【――つぐみ】
【どうしたの?レイくん】
【つぐみを怖がらせたくないなら交渉を飲めなんて脅迫しても無駄だか――】
【今すぐ秀久の漫画の表紙を外すんだ】
【ま、待て澪次!それだけは『……ヒデくん。このエッチな本は何かな?』って行動早いなつぐみ!?】
【あ、それとそこの本棚の裏の二重に細工されてる壁の――】
【分かった!次からは善処するから何も言うな!】
【ったく…最初からそうしてよね。言いたかったことはそれだけ。任務中だからもう切るね】
一息ついて澪次は端末を下ろす。回線が切れる直前に
【ヒデくん…二重壁にもエッチな本があるんだけど。――どういうこと?】
【ヒィィ!!?】
――なんて聴こえてきたのは気のせいでは無い。
「さて、そろそろ行くぞ」
端末を再び腕に巻き付けた澪次は、屋上から大通りに音をたてずに着地して周囲に敵がいないことを確認すると隊員達に降りてくるよう合図する。
三階建て以上となると無理があるが、一軒家の高さ程度なら彼らのようなエージェントは日々訓練でおこなってきた。
「速度を落とすな。空の援護に任せてそのまま突っ走れ!」
銃弾を撃ちながら全速力でゾンビの間を通り抜ける澪次達。
数が多すぎて道が塞がってる場所は、オスプレイの操縦手アイリス・ブルーリムがオスプレイに搭載された機関銃で掃討していく。
一人はナイフで切り抜け、一人は殴り飛ばしたり蹴り飛ばしたりして走り抜けているなか、高層ビルへ入る為のゲートが確認された。
「どうします?見た感じ認証型ゲートのようですが」
「入力してる時間なんかない。アイリス、ゲートを爆破してくれ!」
【こちらアイリス。了解です。これより対地爆撃誘導弾を発射します】
アイリスの通信と共に、ゲートにミサイルが直撃し木っ端微塵に吹き飛んだ。
「よし。俺たちは中に乗り込む。アイリスは引き続き周囲から援護しろ」
「了解!」
「ああ、アイリス。それともう一つ」
「え?あ、はい…」
「――ありがとう。これからもちゃんと僕達を守って。うん、君ならできる」
「!は、はいっ!!」
「うん。期待してるよ」
そう言って澪次は隊員達を引き連れビルの中へ入っていった。
コックピットの中でアイリスはきゅっと胸を掴み、彼の背中を見送っていた。