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後悔

作者: Sa
掲載日:2025/12/20

黒を基調とした待合室。通されてからどのくらいの時間がたっただろうか、ようやく自分の番が回ってくる。

スーツを着た細身の男。髪を軽く整えしっかりとした身だしなみをしているが、それとは対照的に荒れた肌がどこか不健康そうな印象を感じさせる。薄暗いこことぴったりな男だな、なんて印象を抱く。

「おまたせしました。当店をご利用いただきありがとうございます。お客様ははじめてのご利用でお間違いありませんか?」

「あぁ」

「ではまず初めに当店の説明をさせていただきます。あなたは文字を過去に送ることができます。送ると言っても手紙やメールなどではなくて、ただ目の前にある何気ない文字が変わるだけ。例えば、止まれの標識が」

「それは知ってるよ。効果はあるんだろうな。」

「お客様、それは一概にどうとは言えません。多くの命を救ったり、巨万の富を得たりすることもあれば、何も起こらない何なら多大なる損害をもたらすこともあったでしょう。」

「残念ながらそんなものでも縋りたくなるもんなんだよ、人ってのは」

「そうなのかもしれませんね。過去への後悔ほど人を苛むものは無い。それがこの仕事で得た貴重な教訓の一つですから。」

無駄話の多い奴だ。こっちはただでさえ落ち着かないのに、待たされて余裕はさらになくなっていた。


その後、料金の支払いと必要な手続きを済ませる。

「もういいだろ。はやく始めよう。」

「そうですね。ではその前に注意事項を。 過去に文字を送りますと、それに関する記憶は消えてしまいます。何をいつに送ったのかそれらすべてを忘れてしまう。不思議なもんでメモなんか取っていてもそれが何を意味するのかが分からない。その点はご容赦を。」


二日後、俺は数千億を支払って何かを過去に送ったという記憶だけが残っていた。何のために何を送ったのかはさっぱり思い出せない。生活は以前と何ら変わらない日常に戻りかけていた。失敗だったのだろうか。

俺はいつも通り彼女たち、妻と娘の遺影の前で手を合わせる。

そうだ、失敗したのだ。人生最大の過ちはまだこうして俺の事を縛り続けているのだから。ほとんどすべての金を使って、ありとあらゆる手を尽くしても取り戻すことは出来なかったのだ。失って初めてどれだけ大事なものであったということに気づかされる。

日課を終えると仕事に取り掛かった。そのとき机の上にあるメモに気が付く。あの場所へ行ったきり仕事は手につかなかったからそのままの状態になっていたのだ。送った文字の手がかりかもしれないと思い見てみるとそこには 


Kill them 1999/12/24 12:23:56


と書かれていた。


しかし、それが何を意味するのかが繋がらない。どんな意図で書いたのかが分からない。食事中に身の覚えのない料理が運ばれてきたような、このメモが自分の人生とどう関わるのか見当もつかなかった。

その後、メモを脇にあったゴミ箱に捨て、たまっていた仕事にとりかかった。


1999年 佐竹裕也は人生の絶頂にいたと言っていい。それは改変後の時間も含めて。勤めていた大学で実績を順調に積み重ね、みんな知るような大企業から共同研究の話なんてものが来ていたぐらいだった。プライベートも同様に順調で、学生時代から付き合っていた斎藤茜と結婚。娘も生まれた。自身の生きる意味だとか今までの頑張りが全て実を結んだんだとかそんなことを考えるようになった。

それまでの辛酸も苦痛もすべてを忘れるほどに幸せだった。


12月のこと。珍しく雪が降った日だった。

「----です。」

茜が娘を連れて診察室を出ると、医者はためらいがちにそう告げた。

娘はあと5年ほどの命らしかった。

どれだけの世界を彼女に見せることができたろうか。佐竹は自分自身に対しての強い憎悪を持った。こんな体に生んでしまった。申し分けない そんな気持ちだけが彼を支配していた。


それでも彼が自暴自棄にならなかったのは娘に残されたほんのわずかな時間をかけがえのないものにしてやりたかったからだった。何よりも茜がそれを懸命に助けてくれた。つらいときは彼女が助け、彼女が珍しく落ち込むときは佐竹が支えた。

娘の笑顔はそれを大きく助ける原動力となっていた。短くもなるべく笑顔でいられるようにそう前向きに生きようとそう決めた。


12/23

佐竹はなるべく家にいるようにしていた。勤めていた大学を辞め、家族との時間を大切にする、そんな生き方を彼は愛おしく思っていた。短くも幸せな時間だった。


12/24 12:20

その日は珍しく娘の調子が良かった。

佐竹は夜中面倒を見ていたので、まだ眠りについていた。

大きな音とともに目を覚ます。何かを切り裂いたような音と、大きな悲鳴。

眠気はすぐに覚めリビングへと向かうと血まみれの二人が目に入る。

すぐに駆け寄り二人を抱きかかえる。よわよわしい鼓動が異常事態をその身に告げる、体の温かさがその身に伝わるのを佐竹は一生忘れることは無かった。


その時窓から二人の男がリビングへと入ってくる。

「男がいんじゃねぇか」

「ほっとけ!殺しなんて予定になかったのに それをお前がっ!!」

「うるせぇな お前も殺したじゃねぇか とっととずらかるぞ」


佐竹は何もできなかった。目の前で起こる出来事を処理することができなかった。

Kill them

机の上においてあったシリアルの箱にそう書いてあるようなそんな気がした。

殺さなくては、こいつらをそう思った。抱え込んだ二人を手放し、佐竹は二人の強盗を殺した。頭は冷静ではなかったけれど、どうすればいいのかが分かるようだった。


14:00

警察が現場を調べるなか、佐竹は強い吐き気を感じた。

それを考えないようにしていたが、自分の中に発生したその感情は、もう自身で確認できるほどしっかりしたものになっていた。

安心していた。心のどこかで。彼女、娘の命を奪うのが彼女自身の体ではなかったことに。どこか感じるその気持ちを必死にごまかし続けている。そんな自分に心底吐き気を感じていた。

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