第32話:影差す未来──禁忌の兆しと、三人の予兆
期末テスト初日。
数学IIの問題用紙を睨みながら、ペンを握る手が止まる。
1問目は三角関数の恒等式の証明、2問目は対数の計算。
見慣れた形式のはずなのに、今日はやけに集中できない。
(……やっぱり、気になってるんだ)
斜め前の席に座る星花の背中に、視線が吸い寄せられる。
彼女の手は問題を追って動いている。けれど──
(元気、ない……)
その姿勢も、髪を耳にかける仕草も、どこかいつもより弱々しい。
あの夜以来、星花とは特別な時間を共有した。
守ると誓い、隣にいた。
でも、それ以来──星花は少しだけ距離を取るようになった。
教室で目が合っても、すぐに逸らされる。
会話も、短く終わる。
……まるで、何かを恐れているみたいに。
そんな違和感を引きずったまま、俺は残りの問題をなんとか埋めた。
*
昼休み、廊下で偶然アマリエに呼び止められる。
「桐谷くん。星花さんのこと……気づいてるよね?」
俺は小さくうなずく。
「やっぱり……彼女、今朝から少し変だった。笑顔が、どこか作り物みたいで……」
「昨夜、星花のことでちょっとあってさ。たぶん、それが……」
全部を語るわけにはいかなかった。
でも、アマリエは何も聞かず、ただ言った。
「無理はしないでね。……あなたが、誰かの重荷になるような人じゃないって、私は知ってる」
そう言って笑ったアマリエの横顔が、やけに優しくて、少しだけ救われた気がした。
*
放課後。下駄箱の前でスマホを見ると、りりすからのチャットが届いていた。
『星花ちゃん、大丈夫? 今日ちょっと朝のメッセージ元気なかった気がして……』
『もし何かあったなら、私にできること言ってね。私は“友達”だから』
星花ちゃん──と呼ぶその文面に、りりすの優しさが滲んでいた。
(……俺だけじゃなくて、みんなもちゃんと見てくれてるんだな)
そう思えたことで、胸の中に少しだけ希望が灯る。
そのときだった。
視界が一瞬、ノイズに包まれた。
スキルツリーのUIが、勝手に開く。
【分岐更新:三者交錯(予兆)】
《恋と守護》《観測者の影》《未選択の選択肢》
さらに、メッセージアプリに新着通知が届く。
『from:Enigma
「“選ばなかった想い”は、やがて歪む。君が見ていない未来で、禁忌はすでに始まっている」』
ぞくり、と背筋が凍る。
(歪む? 見ていない未来……)
視界の端に、一瞬だけ“赤いルートライン”が浮かぶ。
それは禁忌ルートの兆候──あの夜、星花を守ったとき見たものと同じだ。
俺は、スマホを握る手に力を込めた。
(星花……俺は、絶対に君を守る。どんな未来でも)
そう心に誓った瞬間、スキルツリーの中心に、わずかに新たな光が灯った気がした。
運命はまだ、定まっていない。
交錯する想いの先に、俺たちは何を選ぶのか。




