ぼくらのみらい
お久しぶりです。元気ですか。最近コンビニのクジで欲しかったグッズが当たったのでちょっと浮かれている今日この頃です。わたしは相変わらず推しに元気をいただいて何とかなっていますけど、推し活の道…つまり『推し道』の奥深さにますます気付かされて今はもう抜け出せなくなっています。
徳を積めば推しが輝ける日々が訪れると信じるのはもう末期なのでしょうか?真偽のほどは定かではありませんが、そんな心掛けを続けていたからなのか少し前我が身にも善いことが訪れました。
『にゃんこ』です。この間神社でその姿を観たら縁起が良いと噂の白猫に運よく逢うことが出来たのです。その愛らしく美しい姿を写真に収めることもできましたのでこの度のメールに添付いたします。猫様の御名は「みらい」と云うそうです。もしかしたら「みらい」に出会った事で此度のクジで2等の当選と相成ったのでしょうか。
すっかり「みらい」様もわたしの推しになってしまいました。推しはこうして増えてゆくものなのですね。まだ暑さは続きますが、くれぐれも熱中症にはお気をつけて活動に邁進してゆきましょう。
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推し活で繋がった人から送られてきたメッセージを改めて読み返す。年明けに推しが突然一般女性との結婚を発表し、SNSは軒並み祝福と半ば嘆きめいたメッセージで溢れていた。推しの幸福を己の幸福と思うようにならなくてはならない。とはいえこのテンション高めの彼女でさえも此度の出来事にはショックを受けたらしいと見え、わたしも複雑な心境をどこに持っていったらいいのか惑う日々。
<もふもふだなぁ…>
「みらい」という白猫は長毛で、写真からでも眩いばかりの純白。なんだか癒やされている気持ちになり、年が明けてからはまだ神社にお参りしていなかったのもあって、気分を変えるためにもせっかくだからと電車を乗り継いで現地を訪れてみた。
階段を登り、鳥居を潜り境内で一度辺りを見渡す。時節ではないけれど参拝客の姿もあり、手入れの行き届いた様子が見て取れる。
「みらい…」
と、無意識に呼び求めていたわたし。けれど何処にも気配を感じず、内心<まあそんなものだよね>と諦め加減になってしまっていた。わたし自身、そこまで『持っている』タイプでもないし、こういうシチュエーションには案外慣れている。とりあえずということで手水で清めてから拝殿まで歩き、お賽銭箱の前に立つ。
<そういえばここ、『健康』のご利益があるんだったっけ>
事前に由緒などを調べてきて、このところ寒さの影響なのか喉が痛くなることがあったので良くなるようにと祈願しながら礼拝を。
『よかろう、そなたに健康を授けようぞ』
神様にそう告げてもらえていると信じるようにして、「ふう」と一息つく。そこで何となく後ろを振り返ってみた時に視界に異様な『人物』が映っている事に気付いて「わっ」と声を出してしまいそうになった。
「…」
その人はわたしの視線を感じたのか軽く会釈をしてこちらに近づいてくる。彼?なのか彼女なのか、その人は『紫』の長髪で和服のようではあるけれど丈の長い独特の履き物で、見るからに『2.5次元』と呼ばれるようなコスプレ姿だったので思わずまじまじと見つめてしまった。堂々とした流れるような所作で礼拝が始まり、柏手が高らかに響く。圧倒されて少し距離を取ってはいたけれど、すごい違和感だった。
「…」
再び会釈され、そのまま何事もなくその場を立ち去ろうとしていたので好奇心で思わず「あの…」と呼び止めてしまった。
「なんでしょうか?」
その低音の声からすると男性であるようだ。細面で整った鼻梁、そして赤いカラコンの瞳でじっと見つめられてドギマギしてしまうけれど、どうしても訊いてみたかった。
「なんのキャラクターですか?」
個人的にそういうものには疎いけれど、もしかしたらこの神社に何か関係のあるキャラクターなのかもと思ったのだ。対して返事が、
「オリジナルですね」
という想定外のものだったので「え?」と訊き返してしまった。彼が親切なのか、
「自主制作した実写映画に登場する鏑矢王司という名のキャクターです」
と詳細をその場で告げてくれた。もちろんそれでもわたしの頭の中の中では『はてなマーク』が乱れ咲きしていた。その言葉が本当だった場合、『自主制作』という時点でも相当の強者だと思うし、更にキャラクターの名前も凄い。そして何故わざわざその姿で神社に現れたのだろうか?わたしの表情から色々察してくれたらしい彼は続けて、
「今度その映画をネットで公開しようと思いまして、願掛けに馳せ参じました」
<あ、ヤバい。ヤバい人だ>
その発言で輪にかけて強者感が増す。一体映画はどういうストーリーなのか、演者は何人なのか、有名な人なのか、様々な疑問が尽きない。ただ彼がそれを語っている時のまっすぐな瞳とか声のトーンとか、情熱が伝わってくるのでこの時のわたしはかなり「惹かれていた」と思う。
「あの、もしよろしければ詳しくお話を聞かせてくれませんか?」
わたしはそうお願いしていた。
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神社近くの喫茶店。予め「真名…本名を名乗るほどのものではございませんので」とことわられていたので「鏑矢さん」とお呼びする事にして自主制作の映画について質問していた。そこで判明した事実を以下に羅列してみる。
・鏑矢さんは完全に趣味で自費で映画を製作している。脚本も自分で書いた。
・映画の演者は4人。大学時代の友人の男性三人にSNSで募ったヒロインの女性一人。
・映画の内容はCGなどを駆使した異世界のバトルもの。
・撮影は近場で行った。
・現段階で知名度は殆どない。
質問に返答しながら優雅にコーヒーを啜る鏑矢さんに店内の他のお客さんが視線を送っているのが分かる。わたしの方が大体了解したのを確認した彼に、
「菅原さん(わたしの苗字)の住まいはこちらではないようですが、神社巡りとかなさっているんですか?」
と訊かれて一瞬戸惑ったものの「みらいに会いに来たんです」と答えた。すると今度は彼の方が「はて?」という顔をしている。焦ったわたしは、
「あの神社に現れる白猫の「みらい」って有名ですよね?」
と同意を求めたけれど彼の様子を見る限りどうも「みらい」のことを知らなそう。スマホで「みらい」のことが書かれてあるページを表示させて彼に見せると「なるほど」と唸った。
「私もあまり神社には来なかったので知らなかったですね。そうか、幸運を呼ぶ猫がいたのか…」
もしかしたら鏑矢さんはこういう事に疎いのかも。すると彼が「よし、そういう事なら!」と突然立ち上がって、
「もう一度神社でその猫を探しましょう!」
と提案してきた。「でも今日は居ないようでしたよ」とわたしが言ったら、
「せっかくなので現れるのを待ちましょう!」
と。そんなこんなで再び神社の境内に。当然ながらそんなに都合良く「みらい」が現れる筈もなく、1時間もそこでそのまま待機してしまった。わたしはその辺りで気持ちが折れて、
「残念ですけど、今日は諦めて帰る事にします」
と鏑矢さんに告げた。すると「ちょっとだけ待って下さい!」と言って社務所の方に袴を靡かせて走ってゆく。何かと思ったらこのタイミングで『御神籤』を引いてきたらしい。
「これ見てください。末吉ですが、『待ち人』のところに『来る』と出ています!」
破顔一笑でそれを見せられた時には「もうままよ」という心境に。
「じゃああと15分だけ」
と我慢しながら待っていたわたし達の前に奇跡的に、と言うべきなのか何か無理矢理な感じで白猫が神々しい光を浴びて現れた。確かに美しい長毛で、青い瞳で主に鏑矢さんの格好に「なんだこいつら?」という感じで視線を送るやいなやそそくさと奥の方へ再び帰ってしまったが、間違いなく「みらい」だった。
「綺麗な猫でしたね。我々は幸運ですね!」
嬉しそうな表情で微笑みかける鏑矢さんを見ていたら、何となく気持ちが晴れたような感じ。
<『幸運を手繰り寄せる』ってこういうことなのかな…>
などと思ったりした。その日鏑矢さんとは連絡先などは交換していなかったものの、題名を教えてもらっていたので後日無事ネットの海で見つけることができた自主制作映画の『驚天動地あらまほし〜逆襲の笠地蔵〜』という強烈なナンセンス映画を視聴して、大笑いさせてもらった。
いまわたしは、その映画のリンクを添えて例の『推し友』に報告のメッセージを作成している。新しい『推し』としては悪くないのかも知れない。




