ダンジョン攻略授業 最終日 その後1
サイラスは、事態を把握した瞬間、即座にドミニクへ連絡を飛ばした。
「……C等級ダンジョンに、生徒が六人だと!?」
通信越しに、ドミニクの声が跳ね上がる。
ベテラン冒険者であり、学園ダンジョン授業の監視役を務める彼にとっても、C等級ダンジョン――しかも深部に、生徒が取り残されているという事実は、即座に“最悪”を想起させるものだった。
「位置は?」
「深部です」
一瞬の沈黙。
そして、短く舌打ち。
「……分かった。すぐ動く」
ドミニクは通信を切ると同時に、冒険者ギルドへ連絡を入れた。
こうして、Aランク、Bランクの冒険者を含む、即席の救助班が、緊急編成されることになる。
目的はただ一つ、救助だ、討伐ではない。
黒淵の獣蛇を相手にするつもりなど、最初からなかった。
遭遇したら、逃げる。
隙を突いて、一人でも生徒を引き抜く。
それが、現実的な判断だった。
だが、C等級ダンジョンの深部は、遠い。
どれだけ急いでも、時間は削れない。
走りながら、誰もが覚悟していた。
――六人のうち、誰かは死んでいるかもしれない。
――最悪、全滅している可能性すらある。
それでも、止まらなかった。一人でも生きていれば、それを救う。それが、彼らの仕事だった。
やがて、広間に辿り着き、ドミニクは、足を止めた。
……静かすぎる。
戦闘の痕跡は、そこら中にあった。
抉れた床、砕けた岩、瘴気の残滓。
だが――敵の気配が、ない。
「……まさか」
視界の先。
岩槍の壁に、縫い止められたまま動かない、黒淵の獣蛇の亡骸。
言葉を失う救護班。
「……倒した、のか?」
誰かが、呟いた。
次に視線を落とす。一人の男子生徒が、重傷で横たわっている。だが、その胸は、かろうじて上下していた。
その傍らで、一人の女子生徒が、血に染まった手のまま、必死に回復魔法を維持している。
「……まだ……まだ、いける……」
救助班は、即座に動いた。
ポーションを取り出し、処置を引き継ぐ。
――間に合った。
他にも、三人、全員、力尽きて倒れてはいるが、命に別状はない。
そして、一人、ただ一人だけ、立ったままの生徒がいた。
呆然とした顔で、仲間たちを見つめている。
ドミニクは、ゆっくりと息を吐いた。
「……学生が、これを……?」
ベテラン冒険者たちが、どう撤退するかを考えていた相手を倒したのは、目の前の生徒たちだった。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
驚愕と、安堵と、理解不能が、胸に渦巻いていた。
ただ一つ、確かなことがある。
――彼らは、生きていた。
その後の対応は、迅速だった。
救助班の判断で、六人は学園の医務室ではなく、王都の王立病院へと搬送される。
念のため、ではない。必要な判断だった。
陽翔は、奇跡的に無傷、魔力の消耗も軽微で、検査でも異常は見つからなかった。
リオンとシエラは、複数の外傷と過度の負荷が確認されたが、致命的なものではない、数日の安静で回復する見込みだ。
セリナは、魔眼使用による極度の疲労、意識ははっきりしているが、魔力枯渇に近い状態だった。
リーナも、身体的な異常はなし、精神的な疲労は見られたが、治療の必要はないと判断された。
そして、カイル。
背中に重度の損傷、一時は危険な状態だったが、救助班と王立病院の処置により、命は繋がれた。
「……峠は、越えました」
医師のその一言で、
ようやく、周囲は息をつくことができた。
一方、学園側では、一斉に通達が出されていた。
「本日のダンジョン攻略授業は、すべて中止」
「生徒は速やかに帰宅するように」
理由は、説明されない。
A等級、B等級ダンジョンで活動していた生徒たちは、特に問題なく授業を進めていた最中だった。
それだけに、その唐突さが、学園内に、言い知れぬざわめきを生む。
数日後。
医師の許可を得て、リオンは他の生徒たちよりも一足早く学園へと戻った。
学園長から、直接呼び出しを受けていたからだ。
この数日の間に、あの日のダンジョン攻略授業について、徹底した聞き取りと調査が行われていた。
責任者であるサイラス。監視役のドミニク。さらに、ダンジョン内に密かに潜入し、生徒たちを見守っていた職員たちへの事情聴取。
加えて、現場となったダンジョン内部の再調査。
しかし――
それほどまでに徹底した調査を行ったにもかかわらず、リオンたちがC等級ダンジョンに飛ばされた原因は、ついに特定できなかった。
ちなみに、リオンが病院に運ばれたと知ったレイラが、王国の最高治癒術師を連れて見舞いに行くと言って聞かなかった。それを止めるのにリオンは相当、苦労した。
学園長室に入ると、いつものヘルマンの仏頂面がそこにあった。
――いや、違う。
今回の事件のせいだろう。眉間の皺は、いつもよりさらに深い。
だが、それ以上に目についたのは、顔色の悪さだった。目の下には、隠しきれない隈。数日間、休みなく対応に追われていたのは、誰の目にも明らかだった。
リオンが口を開く前に、ヘルマンが言った。
「何があった。一切合切、すべて話せ」
まるで、最初から“犯人”を呼び出したかのような口ぶりだ。
「……なんで、僕が原因みたいな言い方なんですか?」
即座に返すと、ヘルマンは眉をぴくりと動かした。
「確かに、今回の件、お前に直接の非がないのだろう」
だが、と前置きしてから、続ける。
「しかしだ。なぜだ?なぜ、昔から何かあるたびに決まって、その中心にお前がいる?」
「知りませんよ!そんなこと!」
反射的に声を荒げた。
「大体、昔のことだって、別に、僕が直接の原因じゃなかったでしょう!」
ヘルマンは、ため息をつき、机に肘をついた。
「……確かにな“直接の原因”ではないな」
そして、じっとリオンを見る。
「だがな、調べていくと、いつも何らかの“きっかけ”あるいは“引き金”が、お前に絡んでいた」
痛いところを突かれ、リオンは一瞬だけ言葉に詰まる。
「……い、いや……まあ……確かに、そういうことも……」
そんなやり取りを秘書のエリシアがまたしても笑いをこらえながら、楽しそうに見ていたが無視した。
「でも!今回は絶対に違いますからね!」
身を乗り出す。
「普通に授業を受けてたら、突然、C等級ダンジョンに飛ばされて、黒淵の獣蛇と戦わされて、死ぬところだったんですからね!?」
叫びにも近い抗議。
ヘルマンは、その勢いに押されることもなく、ただ、深く、深く、ため息をついた。
「……分かっている。だからこそ、頭が痛いんだ」
疲労と苛立ちが、滲む声だった。
「なんでもいい、C等級ダンジョンに飛ばされる前に何か違和感などはなかったのか?」
リオンは、しばらく黙ったまま、あの日の光景を思い返していた。
ダンジョン攻略授業、最終日のB等級ダンジョン下層へ向かう転送のその直前――。
「……違和感が、ありました」
学園長室で、リオンはそう告げた。
「転送直前、Aクラスの貴族チームの様子が、少し……おかしかった」
それだけだ。断定でも、告発でもない。あくまで、現場にいた者としての感覚。
ヘルマンは、腕を組んだまま、低く唸った。
「ふむ……」
そして、淡々と続ける。
「だがな、お前たちが入った、下層行きの転送用魔法陣そのものには、異常は一切なかった」
机の上に置かれた調査書類を、指で叩く。
「仮に、誰かが細工をしていたのなら、魔力の痕跡が、必ず残る。転送座標のズレも、術式の改変もな」
だが、と首を振る。
「何も出てこなかった」
さらに、視線を上げて言い切った。
「そもそも、一学生がB等級ダンジョンから、C等級ダンジョンの深部へ意図的に飛ばすような細工など、現実的ではない」
技術的にも、権限的にも、不可能に近い。それが、学園としての結論であり、ヘルマンも、その点は否定しなかった。
結局、原因は不明。
ダンジョン攻略授業は、そのまま終了となった。
途中で中止されたとはいえ、ほとんどの生徒はすでに攻略を終えていた。
あるいは、終盤まで進んでいた。
そのため、学園は判断した。
――現時点での成果をもって、成績を確定する、と。
そして、問題のリオンたちのチーム。
C等級ダンジョンに飛ばされた件については、本人たちに一切の非はないと公式に認定された。
さらに、特別措置として、C等級ダンジョンで行った黒淵の獣蛇の討伐は、今回の授業の加点対象とされた。
結果は、言うまでもない。ベテラン冒険者でさえ、撤退を選ぶことの多い魔物。
それを、学生だけで討伐。
加点は、常識外れのものとなり、リオンたちのチームは歴代でも類を見ない成績を叩き出した。
――ダンジョン攻略授業、順位一位。
栄誉ある結果。だが、その裏に残った“原因不明”という事実は、誰の胸にも、重く沈んでいた。




