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ダンジョン攻略授業 最終日 その5

 「……魔眼を使います」

 静かな声だった。

 セリナは眼帯にそっと手を添え、そのまま視線を上げる。

 「それが、私の策です」

 「魔眼を使うって……!」

 陽翔が思わず声を荒げた。

 「つまり、その眼帯の封印を解くってことか!?」

 ――脳裏に、嫌な記憶がよみがえる。

 以前、セリナと衝突したあの時。

 彼女が眼帯に手をかけた瞬間、陽翔は感じた。

 そこにあったのは、魔力じゃない。

 圧倒的な《存在圧》。

 息が詰まり、思考が凍りつき、

 “逆らう”という発想そのものが消え失せる感覚。


 この場にいる全てを、

 意志ごと呑み込もうとする――何か。

 「……冗談だろ」

 陽翔は引きつった声を漏らす。

 シエラも、無言で息を呑んでいた。

 リオンは即座に首を振る。

 「ダメに決まっているだろう」

 鋭い声だった。

 「まともに制御できていない魔眼なんかを解放してみろ。暴走すれば、黒淵の獣蛇どころじゃない。このC等級ダンジョンごと、消し飛ぶぞ」

 「そ、そんなにヤバいのか……?」

 陽翔の声が震える。

 「当然だ」

 リオンは一切、冗談めかさず言い切った。

 「邪神を封印するほどの魔眼だぞ」

  セリナは小さく首を振った。

 眼帯に添えた指先が、微かに震えている。


 「……すべての封印を解く訳ではありません」

 静かに、しかしはっきりと言い切る。

 「第一封印――“だけ”を解除します」

 「第一封印?」

 陽翔が鸚鵡返しに聞き返した。

 リオンが眉を寄せ、思い出すように言う。

 「確か……魔眼には、三重の封印を施しているんだったな」

 「その通りです、マスター」

 セリナは一度だけ頷いた。

 「第二封印以上は、今のわたくしでは解除できません。……強固すぎます」

 そして、目を伏せる。

 「けれど、第一封印の解除なら今のわたくしでもなんとか……」


 リオンの視線が鋭くなる。

 「それでも、相当な負荷が体にかかるんだろ?」

 「……ええ」

 セリナは、呼吸を整えるように小さく息を吐いた。

 「第一封印を解除して、魔眼を使えるのは――数秒が限界です」

 「数秒……」

 陽翔が乾いた声を漏らす。

 「短すぎだろ……!」

 リオンは答えず、数歩、壁際へ視線を流した。

 闇の向こう。

 獣蛇の呼吸が、岩を震わせる。

 その音だけで、時間が削られていく。

 ――だからこそ、数秒が致命になる。

 しばしの沈黙。

 リオンは、低い声で問うた。

 「……その魔眼の効果は?」

 セリナは迷いなく答えた。

 「相手を、完全に停止させます」

 淡々と、冷たく。

 「影縛シャドウ・バインドのような拘束ではありません。対象の動きを止めるのではなく――“時間”を止めるのです」

 そして、指先が眼帯の縁をなぞる。

 「視界に入ったものを、わたくしの認識の中で“固定”します」


 「……固定?」

 カイルが息を呑む。

 「はい」

 セリナの声音がわずかに強くなる。

 「停止した対象は、抵抗できません。攻撃も、回避も、再生も――その瞬間だけ“発生しない”」

 「さらに」

 セリナは、まっすぐリオンを見た。

 「弱点である核――それを視覚化できます。位置だけでなく、“どれが本物か”まで」

 その言葉に、リオンの目が細くなる。

 ――黒淵の獣蛇アビス・バジリスク

 厄介なのは、再生でも毒でもない。

 真に面倒なのは、その驚異的な再生速度と“核”を移すことだ。

 拘束しても、外側を削っても、すぐに再生され核心だけが、ぬらりと逃げる。


 だが――停止し、核が見えるなら。

 「……なるほど」

 リオンは短く吐き、剣を握り直した。

 「影縛シャドウ・バインドみたいな“縛り”じゃ、すぐに再生され核もずらされて終わる。だが、時間そのものを止めるなら――話は違う」

 陽翔がごくりと唾を飲んだ。

 「……それ、マジでできんのか……?」

 セリナは答えず、ただ頷く。

 頷きの裏に、決死が透けて見えた。

 リオンは目を閉じる。

 頭の中で地形を描き直す。

 今いる通路、死角、退避地点。

 獣蛇の移動癖、鎌首の角度、尾の振り幅。

 そして――“数秒”。

 目を開いた時、迷いは消えていた。


 「いいだろう」

 リオンは言った。

 「その策に賭けようじゃないか」

 「マスター……!」

 セリナの目が揺れる。

 「ただし」

 リオンの声はさらに低くなる。

 「その数秒の間に、奴を“お前の視界”に入れなきゃ意味がない。しかも、第一封印解除には時間がかかる。……お前はその場から動けない。そうだな?」

 セリナは小さく頷いた。

 「……ええ。解除中したその瞬間に対象がわたくしの視界にいなくてはいけません」

 「なら決まりだ」

 リオンは即座に仲間へ視線を走らせた。

 そこにいる全員の顔が、同じ覚悟を映しているのを確認して。

 「作戦は一つ。――獣蛇を、セリナの“定点視界”に誘導する」

 「停止の数秒で、核の位置を確定させる」

 「その瞬間、陽翔。お前が仕留めろ」

 「……俺が?」

 陽翔が目を見開く。


 「前に教えた“あれ”があるだろ」

 「……あれ?」

 カイルが首を傾げる。

 リオンは一瞬、遠い目をした。

 「レンの模擬戦で見た、派手な必殺技があっただろ。あれ以来、こいつは『俺もあんな必殺技打ちたい』『なんか教えろ』って、しつこく言ってきたんだよ」

 「うわ……」

 微妙な沈黙が流れる。

 「な、なんだよ!いいだろ別に!かっこいい必殺技は男のロマンなんだよ!」

 「……まあ、そのお気持ちは、わからなくもありませんが……」

 セリナだけが、やけに真面目に頷く。

 「わかるのかよ……」

 切迫した状況にもかかわらず、ほんの一瞬、空気が緩んだ。

 だが、リオンはすぐに表情を引き締める。

 「問題はそこじゃない。技の発動までに時間がかかる。実戦で使えるようになるには、地道な反復が必要だ」

 視線が、陽翔に突き刺さる。

 「……どうせ、サボってたんだろ?」

 「い、いや……その……」

 陽翔は目を逸らした。

 女神の加護による全適性Sランク。

 習得までは早かった。

 だが、“使いこなすための鍛錬”を、彼は怠っていた。

 「サボってたことは今はいい」

 リオンはきっぱりと言い切る。

 「打てるんだろ? それなら十分だ」

 「セリナの魔眼が発動した、その瞬間――核の位置は見える」

 「その一点に、全てを叩き込め」

 静かな声だったが、命令は絶対だった。

 「お前の一撃で、終わらせる」


 陽翔は一瞬、言葉を失い――

 次の瞬間、強く頷いた。

 「……分かった。やってやる」

 リオンは次にシエラを見る。

 「シエラ。主攻はお前だ。僕がおとりになって奴をシエラの視界にとらえやすい場所に誘導する。そのためにお前は、できるだけ多くの攻撃を叩き込め」

 「……了解」

 シエラの声は短い。

 だが、その一言に全てが詰まっていた。

 「カイル」

 リオンは振り返る。

 「お前は遠距離。弓と魔法を撃て。ダメージはいらない。ひたすら撃ち続けろ」

 「獣蛇の意識を散らし、セリナと陽翔の準備を悟らせるな」

 「で、でも……上級相手に僕の初級魔法じゃ……」

 カイルが不安げに言いかける。

 「だからいい」

 リオンは即答した。

 「当てる必要もない。狙いは“鬱陶しさ”だ」

 「僕が前で囮になる。その援護をしろ。――お前の矢が、僕の生存率を上げる」

 カイルは唇を噛み、強く頷いた。

 「……分かった。撃つ。撃ち続ける」

 

 「リーナ」

 最後にリオンは彼女を見る。

 「……うん」

 短い返事。

 だが、その声には迷いがなかった。

 リーナはリオンを見返す。

 その瞳は、いつもの軽さはない、逃げも冗談もない、真っ直ぐな覚悟だけを宿していた。

 リオンは短く告げる。

 「状態異常対策だ。特にシエラ。毒、麻痺、石化――一つでも通ったら誘導が崩れる。お前は、シエラを“動ける状態”に保ち続けろ」

 リーナは大きく息を吸って、頷いた。

 「……任せて」


 全員の視線が、最後にセリナへ集まる。

 セリナは眼帯に手を添えたまま、静かに言った。

 「……第一封印解除の準備に入ります」

 その声は、震えていなかった。

 リオンは剣先をわずかに上げる。

 闇の奥。

 白光が薄れ、黒淵の獣蛇がゆっくりと瞼を開く。

 「――来るぞ」

 リオンの声が落ちる。


 「全員、位置につけ。ここからが本番だ」



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