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ダンジョン攻略授業 最終日 その4

 シエラは、一歩も動かずリオンと黒淵の獣蛇アビス・バジリスクの戦いを見ていた。

 ボスの動き。

 黒淵の獣蛇の間合い。

 衝突のたびに生まれる、わずかな“ズレ”。

 ――おかしい。

 斬撃は鋭い。

 判断は正確。

 致命の一手も、確実に通している。

 それでも――

 ボスは、攻め切れていない。

 ――違う。

 これは、全力じゃない。

 「……ボスは、私たちを守りながら戦ってる」

 低く、抑えた声だった。

 だが、その一言は、確かに全員の胸を打った。

 「なんだって……!?」

 陽翔が思わず叫ぶ。

 「だって、あんな動き……全力じゃねぇってのかよ……!?」

 リーナも、唇を噛みしめる。

 「そんな……じゃあ、あれでも余裕残してるってこと……?」

 シエラは首を横に振った。

 「余裕じゃない」

 視線は、ただ一点――リオンの背中だけを捉えている。

 「制限だ。私たちがいる位置、距離、逃げ道……全部を計算してる。一瞬でも、間合いを誤れば……被害が出る。だから、踏み込めない」

 重たい沈黙が落ちた。

 ――自分たちは、守られている。

 それも、戦力としてではなく、“守る対象”として。


 「私たちが……足手まといってこと……?」

 リーナの声が震える。

 「……仕方ない」

 シエラは悔しそうに拳を握りしめた。

 「このままじゃ、私たちは……ボスの足を引っ張るだけ……」

 「……冗談じゃねぇ」

 陽翔が歯を食いしばった。

 「おい!リオン!俺たちも戦うぞ!援護くらい――」

 陽翔が一歩、前に踏み出す。

 だが、その瞬間だった。

 「邪魔だ!!下がってろ!!」

 怒鳴り声が、その声を鋭く切り裂く。

 今まで聞いたことのないほど、荒く、強い声だった。

 全員が息を呑む。

 振り返ったリオンの瞳は、鋭く、冷たい。


 「な、なんだよ……!」

 陽翔が思わず声を荒げる。

 「そんな言い方しなくても――」

 「お前たちが踏み込めば、守るために“死角”が増える」

 刃を構えたまま、リオンは続ける。


 「一歩間違えば――死ぬ。だから、下がってろ」

 その言葉は、拒絶だった。

 だが――

 本当は、必死な懇願でもあった。

 仲間を守るために、

 自分一人で背負おうとする、痛々しいほどの覚悟。

 シエラは、歯を食いしばった。

 (……それでも……それでも、私は……)

 再び、黒淵の獣蛇が鎌首をもたげる。

 次の瞬間――

 戦場の空気が、さらに一段、重く沈んだ。

 黒淵の獣蛇は、動きを止めた。

 ゆっくりと、鎌首を揺らす。

 縦に裂けた瞳が――

 リオンではなく、その背後を見た。

 「……ッ!」

 リオンが、ほんのわずかに歯を食いしばる。

 (気づいたか……!)


 黒淵の獣蛇は、ただの魔物ではない。

 戦いの中で、相手の“癖”と“守るもの”を学習する。

 そして――

 最も有効な攻め筋を選ぶ。

 次の瞬間。

 獣蛇の巨体が、地面を削るようにうねった。

 ズルリ、と。

 突然、視界いっぱいに黒い土煙が噴き上がる。

 「なっ――!?」

 「視界が……!」

 リーナが叫ぶ。

 黒淵の獣蛇は、自身の尾と体躯で地面を抉り、

 意図的に視界を遮断した。

 同時に――

 気配が、消えた。

 「……来る!」

 リオンの叫びとほぼ同時。

 闇の中から、獣蛇の頭部が――

 一直線に、仲間たちへと突き出された。

 

 「シエラ!!」

 考える暇はなかった。

 リオンは、迷わず踏み込む。

 剣を振るのではない。

 斬るためではなく――庇うために。

 衝突。

 ドンッ――!!

 鈍く、嫌な音が響いた。

 「――ッ!!」

 リオンの身体が宙を舞い、地面を転がる。

 肩口から、赤が弾けた。

 「ボス!!」

 シエラが叫ぶ。

 リオンは片膝をつき、息を荒くする。

 (……くそ……)

 致命傷ではない。

 だが、完全に受けた。

 獣蛇の毒混じりの鱗が、肩を抉っている。

 「リオン!!あいつ……俺たちを狙って……!」

 陽翔が唇を噛みしめる。

 黒淵の獣蛇は、再び鎌首をもたげる。

 ――学習完了。

 “こいつを削るには、仲間を狙えばいい”そう理解した目だった。


 リオンは、ふらつきながら立ち上がろうとした。

 「……下がってろ……まだ……」

 だが――

 「嫌だ」

 低い声。

 シエラが、一歩、前に出ていた。

 「ボスは、私たちを守るために傷ついた。それで……一人で戦うなんて……言わせない」

 「シエラ……!」

 「足手まといは、嫌だ」

 その声は低い。

 だが、いつもの無機質さはなかった。

 シエラの瞳は赤く、潤んでいる。

 それでも瞬きすらせず、涙を堪えていた。

 悔しさと怒りと、どうしようもない焦り。

 それらすべてを、ただ拳に込めている。

 「守られるだけも、嫌だ」


 リオンは、仲間たちを見た。

 シエラだけじゃない。

 リーナも、カイルも、セリナも

 そして――陽翔も

 誰一人、目を逸らしていなかった。

 恐怖はある。怯えもある。

 それでも、その奥にある感情は同じだ。

 ――足手まといは、嫌だ。

 ――守られるだけなんて、まっぴらだ。

 (……参ったな)

 リオンは、苦笑ともため息ともつかない息を吐いた。

 かつて、自分が一人で戦い続けていた頃には、決して見なかった目だ。

 そのとき――

 セリナが一歩、前に出る。

 「マスター」

 いつもの芝居がかった声音ではない。

 はっきりと、覚悟を帯びた声だった。

 「ひとつ、策があります。……聞いていただけませんか?」

 リオンは一瞬だけ目を閉じる。

 脳裏をよぎるのは、“一人で戦う方が確実だ”という、長年染みついた判断。

 だが――

 「……いいだろう」

 目を開き、短く頷いた。

 その瞬間、リオンの中で何かが切り替わった。

 「リーナ!」

 鋭く声を飛ばす。

 「光魔法で、あいつの視界を奪え!」

 「え、目くらまし!?」

 リーナが即座に理解し、構えを取る。

 リオンは視線を闇の奥――黒淵の獣蛇へ向けたまま、続ける。

 「長くは持たない。一回きりだ。あいつは学習する。二度目は通じないし、たいした時間稼ぎにもならない」

 それでも、とリオンは歯を食いしばる。

 「……だが、セリナの策を聞く短い時間くらいなら、稼げる」


 黒淵の獣蛇が、低く唸り声を上げる。

 まるで、こちらの意図を嗅ぎ取ったかのように。

 「今だ、リーナ!」

 リオンの号令と同時に、眩い光が炸裂した。

 「――光閃ルクス・フラッシュ!」

 白光が通路を満たし、黒淵の獣蛇が苦悶の咆哮を上げる。

 その一瞬の隙を突き、リオンたちは一斉に物陰へと身を伏せた。

 視界を奪われた獣蛇が、怒りに満ちた尾を振るう。

 岩が砕け、地が震える。


 「それじゃあ、聞こうじゃないか。その策ってやつを」

 リオンは短く息を整え、仲間たちを見回した。

 ――ここからが、チーム戦だ。


 

 


 

 

 

 

 

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