とびきり面倒な奴がいる
エドモンドから「とびきり面倒な奴がいる」と言われたリオンは、内心ため息をつきながら、王国郊外の神殿を後にした。
馬車に揺られること半日。王都に到着した彼は、王宮の貴賓室の前に立っていた。
「……はぁ、もう帰りたい。」
だが、そうもいかない。
仕方なくノックすると、すぐに中から軽快な声が響いた。
「おっ、来たか! いや~、俺もついに異世界転生ってやつを経験しちまったよ! で、異世界転生と言えば──」
バンッ! ドアが勢いよく開く。
「美少女ヒロインだよな!!」
テンションMAXの青年が現れた瞬間、リオンは確信した。
──こいつがエドモンドの言っていた『とびきり面倒な奴』だ。
「……何を言ってるんだ、君は。」
思わず冷めた声を漏らすリオンだったが、青年は気にする様子もなく、リオンを見てピタリと動きを止めた。
「……あれ? 随分ちいさくねえ?」
ジロジロと観察するような視線を向けた後、陽翔は眉をひそめ、不満げに言い放った。
「もしかして……あんたが俺の補佐官?」
リオンはその瞬間、馬車での長旅の疲れを、全身で実感した。
(……帰りたい。)
「……そうはいっても、帰るわけにもいかないしな。」
リオンは気を取り直し、軽く息を吐いた。
「僕の名前はリオン・オルティア。君の補佐官じゃなくて、監視官だ。」
「マジで!? まあいいじゃないか、細かいことは!」
「細かくねえよ。」
「俺は鈴木陽翔! でもハルトでいいぜ!」
ハルトと名乗った青年はリオンの手をガシッと握り、ブンブンと腕を振ってくる。
「……ちょっと落ち着け。」
「しかし、まさか案内役が子供だとはなあ! さすが異世界、色々勝手が違うな!」
「だから案内役じゃなく監視官……いやもういい、それで……」
一向に話が進まないので、リオンは色々諦めた。
「あと、こんな見た目だがもう大人だ。30歳を超えている。」
「……マジで!? オッサンじゃん!」
「や、まあ、オッサンだけれども……そういう言い方やめてくれないか?」
実年齢と見た目のギャップに驚かれることは多いが、ストレートな物言いに面食らうリオン。
「エルフの血が流れてるんだ。だから体の成長が遅いんだよ。」
「マジで!? ハーフエルフ! 異世界スゲーーー!!」
「いや、母親がハーフで、僕はクォーターだ。」
「えぇ!? なんか中途半端だな! 確かに耳も尖ってないし、なんか残念……」
リオンは、静かに瞼を閉じた。
──なんで勝手に期待されて、勝手に残念がられなきゃいけないんだ。
……本当に、こいつが勇者候補なのか?
故郷でもない異世界の国で、野心もないまま戦場に立つという話だが──
目の前のハルトという青年が、そんな殊勝な心構えの持ち主には、とても見えない。
リオンは試しに聞いてみることにした。
「なあ、ハルト。君は女神様……セリス様から、ここで何をするかは聞いているんだよな?」
「ああ、もちろん聞いてるぜ!」
ハルトは自信満々に胸を張る。
「お前の国が魔族に襲われそうになってんだろ? それを何とかするために、異世界から選ばれし勇者の俺が召喚された、ってわけだろ?」
──まあ、言っていることは正しい。
だが──違和感がある。
「しかし、いいのか?」
リオンは核心を突いてみる。
「君にとっては何の得もないだろ?わざわざこんな厄介ごとに首を突っ込む理由があるのか?」
「そんなの決まってんだろ!」
ハルトは自信満々に言い放つ。
「異世界転生と言えば、神様からイケメンにしてもらって、チート能力もらって、学園で俺TUEEEEして、美少女からモテモテハーレム作る! これこそ王道だろ!」
「は?」
リオンは理解が追い付かず、その場に硬直した。
チート? 俺TUEEEE? こいつは何を言っているんだ?
女神セリスの加護によって、異世界転生者の言葉は翻訳されているはずだ。
それなのに、ハルトの発言の半分くらい意味が分からない。
「……ちょっと待て。お前の言ってること、何割か理解できないんだが。」
「えっ?」
「……チート? 俺TUEEEE? なんだそれは?」
リオンは思わず真顔で聞き返す。
「いやいやいや、異世界人なのに『チート』も『俺TUEEEE』も知らねぇの!? マジで!?」
ハルトは本気で驚いたように目を見開いた。
「いや、知らん。」
「じゃあ、お前の世界には異世界転生の概念がないのかよ?」
「異世界転生の……概念?」
リオンの困惑は深まるばかりだ。
(……なぜそんな概念があることが前提なんだ?)
エドモンドが「とびきり面倒な奴がいる」と言った理由を、リオンは今、改めて痛感した。
それにしても──
話を聞く限り、転生の際に女神セリスにイケメンにしてもらったのだろう。確かに、骨格や顔の造り自体は悪くない。しかし、表情のだらしなさが全てをぶち壊している。
しかも、無駄に自信満々な態度と、間延びした笑顔、だらしない目つきのせいで、結果としてただの残念な男になっていた。
(……なんだろう、この感じ。どこかで見たような気がするんだが……)
漠然とした違和感を覚えながらも、リオンはとりあえず思考を切り替えることにした。
ハルトはどう考えても「とびきり面倒な奴」だ。
監視対象としての不安は、増すばかりだった。