忍び寄る闇
「クソッ……どうしてだよ……!」
放課後。誰もいなくなったAクラス教室に、少年の怒号が響いた。
握りしめた拳は白くなるほど力が入り、歯ぎしりが鳴る。
――まさか。
上級生でも苦戦するアーマード・オーガを、Dクラスごときが倒すなんて。
「Dクラスのチームが3位だと……?あり得ねぇよ……!」
ホロに映る得点表を何度見返しても結果は変わらない。
魔力共鳴障壁突破に加え、上級モンスター討伐。
その二つの加点だけで、一気に自分たちチームの順位を追い抜いていた。
何より許せないのは――
自分が妨害に使わせたアーマード・オーガが、逆に相手の功績になった という事実だ。
「調子に乗ったバカどもが勝手に死にかけるはずだったのに…!!」
怒りに任せて机を蹴りつけたその瞬間。
教室の隅から、低く湿った笑い声がした。
「……悔しそうだね」
「っ……誰だ!?」
少年が振り返ると、入り口に男が寄りかかっていた。
薄く笑っているのに、目だけが妙に冷たい。
「……あんたかよ」
少年は敵意むき出しで睨みつけた。
「あんたに貰ったアイテムのせいで、Dクラスなんかに順位を抜かれたんだぞ!?どうしてくれるんだよ……!」
男はゆっくり、ゆっくりと歩み寄る。
足音は軽く、だがどこか“重さ”を感じさせた。
「私のせい?違うさ」
「……は?」
「事前に説明しただろう。“使いどころを間違えれば、当然リスクも発生する” とね。 どう使うかを選んだのは、君自身だ」
淡々とした声。
しかし、拒絶しがたい圧が、少年の胸を締め上げていく。
「ぐっ……でも、Dクラスの連中がアーマード・オーガ倒せるなんて……」
「魔力共鳴障壁を突破したチームだよ。可能性ぐらい考えるべきだった」
男は薄く笑う。
「君は――“Dクラスだから弱いはずだ” という先入観に縛られた。その時点で、勝負は決していたさ」
男は少年との距離を詰め、真っ直ぐに目を見た。
口元は穏やかに笑っている。しかしその表情は、まるで少年の内側を覗き込み、反応を楽しんでいるかのようだった。
男は袖の内から、黒い石片のような奇妙なアイテムを取り出した。
「……これは?」
Aクラスの少年が眉をひそめる。
男はゆっくりと少年の手にそれを乗せ、ふっと微笑んだ。
「使い方は簡単だよ。――次のダンジョン授業で、あいつらが使う転移魔法陣に“これ”を置くだけでいい。何、心配はいらない。使用後は跡形もなく消えるから、証拠は残らない」
「……転移魔法陣に? なにが起きるんだよ?」
男はひと歩き近づき、少年の耳元にそっと唇を寄せた。
「……こうなる」
少年の目が見開かれる。
「……なっ……!? そんなことをしたら、いくらあいつらでも……!」
男は楽しげに、あくまで穏やかに。
「うん。死ぬかもね」
少年の喉が震え、石片を落としそうになる。
男は軽く肩を叩いた。
「でも――君は悔しくないのかい? あいつらに順位を抜かれたままで」
男は落としそうになった石片を、少年の掌にそっと押し戻した。
「落とさないほうがいい。――君にしか扱えないんだから」
「……俺に、しか?」
男は微笑んだまま、薄い影を瞳に宿す。
「君はAクラスだろう?選ばれた者だ。上位クラスに立つ者には“役目”がある」
「役目……?」
「分不相応な場所に立とうとする者を、本来あるべき位置へ引き戻してやることだよ」
少年は息をのむ。
男の声音は静かなのに、どこか抗えない力を帯びていた。
「だ、だけど……こんなの、本当にやったら――」
「止めろとは言っていないよ。するかどうかは君が決めることだ」
男は、再び少年と視線を合わせた。
「ただ――君はこのまま、Dクラスに負けるのかい?」
その一言が、少年の胸の底に残っていた焦燥と嫉妬を、鋭く抉る。
「……負けない。俺たちAクラスが……あんな奴らに負けるわけない」
「そうだろう?」
男の笑みは、どこか嬉しそうだった。
「君は優秀だ。少し道を整えてやれば、本来いるべき“上”に戻れる」
男は少年の背に軽く手を添える。
「だから使えばいい。これは“正しく世界を戻す”ための道具だ」
少年はごくりと息を呑み、黒い石片を握りしめた。
「そうだ……これは必要なことなんだ。俺たち選ばれし者の役目なんだ……」
男の笑みは、薄闇の中で静かに深まる。
「そのとおりだ。君は“正しい秩序”を守るのさ。本来あるべき場所へ、世界を戻してあげるだけだよ」
男の声は優しく、それでいて底の見えない闇を含んでいた。




