B等級のダンジョン攻略 その2
転移光が収まると同時に、冷たい風が頬を撫でた。
薄暗い回廊は、青黒い魔石でできた壁に淡い光が走り、脈打つように微かに震えている。
空気は重く、吸い込むたびに喉が焼けるような魔力の圧があった。
「……A等級とは、空気の密度が違うな」
リオンが呟くと、後ろで陽翔が顔をしかめた。
そんな中で、リオンは仲間たちを見回す。
全員の顔から普段の明るさが消え、固い緊張が張りついていた。
(……全員、肩に力が入りすぎてるな。これじゃ動きが鈍る)
「うわ、マジか……これ、息苦しいぞ」
いつも軽口を叩いている陽翔までもが、そんな言葉を漏らす。
だが、口とは裏腹にその動きは冷静だった。
姿勢を低くし、壁際を滑るように前へ進む。
足音はほとんどなく、影に紛れるような身のこなしは見事だった。
小型の魔物が潜む岩陰をすり抜け、罠の起動魔法陣を指で確認し、即座にリオンへ合図を送る。
「おいリオン、あの辺の罠解除しといたぞ」
「ああ、ご苦労様。……っていうか、お前、前より潜伏と逃げ足が上達してないか?僕としては、戦闘スキルの方をもっと伸ばしてほしいんだがな」
リオンは呆れ顔でため息をついた。
武器・スキル訓練のあと始めた放課後の特訓は、今でも続いている。
だが根っからの怠け者である陽翔は、少しでも隙があればすぐ逃げる。
その結果、リオンは毎日のように“鬼ごっこ特訓”をする羽目になり――結果的に、陽翔の潜伏と逃走能力だけが異常に磨かれていった。
しかも最近ではセラフまで特訓に加わり、逃げる陽翔を捕まえるのに協力するようになった。
おかげで事態はますますカオスを極め、陽翔の潜伏と逃げ足のスキルだけが異常に発達していった。
「アイツおかしいんだよ!どんなに気配を殺しても『どんなに気配を消しても無駄です。あなたの怠惰で腐った性根は隠しきれません。どこにいても、わたくしにはあなたを感じることができるのです』――とか言いやがってよ!そりゃ逃げ足も鍛えられるっての!」
「……相思相愛じゃん。いっそ付き合っちゃえば?」
リーナがにやりと笑う。
「やだよ!!!」
陽翔が心底イヤそうに叫び、カイルが思わず吹き出す。
「そもそも、逃げなきゃいいだろ」
リオンが呆れ気味に言うと、陽翔は即座に反論した。
「だってよ!あの女王様シスターが加わってから、特訓が何倍もきつくなったんだぞ!」
「まあな。ハルトが強くなるために、限界まで追い込んでくれるんだから。僕としては助かるよ」
「ふざけんな!何が“強くなるため”だ!あれは人が苦しむのを見て喜んでるだけのドS変態シスターだ!」
「でも結果的に、お前の戦闘スキルはセラフが加わってから格段に上がってる。結局、お前は誰かに尻を叩かれないと真剣になれないタイプだ。――感謝しとけ」
「誰がするか!!」
陽翔の怒声が回廊に響き渡り、冷たい石壁に反射して何度も木霊した。
張り詰めていた空気が、その音を合図にふっと緩む。
誰からともなく小さな笑いが漏れ、重かった空気にわずかな温度が戻っていった。
(……うん、いい感じに緊張もほぐれてきたな)
リオンはそんな仲間たちを見回し、静かに息をつく。
(潜伏と逃げ足以外でも、こういう時に役立つとはな。……まったく、こっちが求めてない能力ばかり伸びやがって)
そんなやり取りをしていると、リオンの耳が微かな空気の揺らぎを捉えた。
「――さて、冗談はここまでだ。戦闘準備」
「いや、冗談じゃねえっての!」
陽翔の抗議を無視して、リオンは短く指示を飛ばした。
「前方に魔物の群れの気配だ。ハルト行け」
「わーったよ!」
そう言うと陽翔は気配を消し、影に溶けるように姿を消した。
ほんの数秒後、暗闇の奥で何かが崩れる音と、獣の唸りが響く。
「……行動が速いな」リオンが呟く。
その背後で、リーナが小さく肩をすくめた。
「まあ、こういう時には役に立つよね」
「闇に紛れ、影を渡る者……ふふ、怠惰の化身には、闇こそが似合う」セリナが冷ややかに笑う。
「実用的」シエラが短く言い放つ。
「おい!なんだよその微妙な評価は!」
偵察から戻った陽翔は、頬を引きつらせながら文句を言った。
「いいから、偵察結果を伝えろ」
「前方に六体!全部ダークハウンドだよ!」
「ダークハウンドか……正面突破はキツいな」
リオンは一瞬で判断を下す。
「全員、陣形を組め!リーナ、防御壁を展開!セリナ、左の通路を封鎖!シエラは前衛で迎撃!カイル、後方から援護射撃!」
「了解☆」「イエス、マイマスター」「承知した」「うん!」
空気が一気に引き締まる。
冗談は消え、全員の目に真剣な光が宿った。
リオンの号令と同時に、前方の闇から黒い獣影が飛び出した。
六体のダークハウンド――漆黒の毛並みと赤い瞳、牙の間から溢れる瘴気が空気を震わせる。
「リーナ!」
「了解、防御壁!」
眩い光の幕が展開し、牙を弾いた。金属を打つような硬質な音が回廊に響く。
「セリナ、左を!」
「闇を閉ざせ、《シャドウ・バインド》!」
黒い影が地を這い、通路の左側を封鎖。飛びかかろうとした獣の脚を絡め取り、動きを止めた。
「今だ、シエラ!」
「任せて」
シエラが鋭い蹴りを放ち、鎧のような皮膚を粉砕する。続けざまに鉄爪を閃かせ、魔力を込めた拳でとどめを刺した。
「カイル、右の個体を!」
「うん!」
カイルの矢が正確にダークハウンドの頭部を貫く。
背後からリーナへ飛びかかろうとした一体――
その瞬間、影が揺れ、陽翔がそこから飛び出した。短剣が閃き、獣の首筋を一閃。
「ったく……俺がいねぇと締まらねぇな!」
静寂。
倒れた獣たちが黒い靄を散らして霧のように消えていく。
「全員、無傷か」
リオンは周囲を見回す。
彼の瞳に映るのは、互いの動きを読み合い、自然に呼吸を合わせる仲間たちの姿。
(……想像以上だ。ここまで連携が取れるようになるとは)
B等級の挑戦が決まった時、正直、不安だった。
点数も大事だが、仲間の安全が最優先。いざとなれば、自分がすべて引き受けるつもりだった。
(最悪、0点になっても構わないと思っていたが――)
リオンは小さく笑みを浮かべる。
(どうやら、その必要はなさそうだな)
「リオンくん、次はどうする?」
カイルの問いに、リオンは前方の通路を見据えた。
仲間たちの視線が一斉に彼に集まる。
「この調子なら、もう一層奥へ進んでも問題ないな」
そう告げるリオンの声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
――仲間たちの成長を確信し、リオンはB等級ダンジョンの深部へと進むことを決めた。




