正統派ヒロイン登場?
学園長室。
机の向こう側に座るヘルマン・ロイデンベルクは、眉間に深い皺を寄せていた。
「先日のダンジョン攻略授業、あれは一体どういう事だ」
リオンは気まずそうに頭を掻きながら、わざと軽い調子で答える。
「えー、僕のせいですか?でも、結果だけ見れば、魔物討伐もアイテム入手数も一番多かったんですよ?ただ、何というか担当教官との相性が悪かったというかなんというか……」
「ふざけるな!」
ヘルマンが杖で机を叩くと、重い音が部屋に響いた。
「相性が悪い?それで0点になるか!」
リオンは肩をすくめる。
「いやあ、でも0点って、ちょっと厳しすぎません?そこをなんとか、せめて赤点くらいに――」
「0点以外に、何がある!」
ヘルマンの眼光は鋭く、逃げ場を与えない。
「チームの連携は皆無、ほとんどお前一人のスタンドプレーだ。加えて仲間の暴走を止められず、他チームにまで被害を及ぼした。これでどうして点を与えられると思った!?」
リオンは、言葉に詰まりながらも苦笑を浮かべる。
「……まあ、言われてみればその通りですね。でも、ほら、初回ですし? みんな緊張してて――」
「言い訳をするな!他の生徒はともかく、お前は経験者だろう!しかも元軍人。戦場経験まである者が0点とは、恥を知れ!」
(……いや、そんなこと言われても。あの問題児たちをまとめろってのが無茶なんだよ)
横目で見れば、エリシアが口元を押さえ、笑いを堪えて肩を震わせている。
(また笑ってるし……!)
ヘルマンに叱られるリオンという構図が彼女にとってどうしようもなくツボらしい。
「いいか、リオン・オルティア」
ヘルマンの声は低く、鋭く響いた。
「今回の件は、監視官として看過できん。今のような状況が続くなら、私は教会に報告する。お前の任を解いてもらうしかない」
リオンは目を見開き、思わず声を裏返した。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! それはさすがに――」
「言い訳は聞かん!」杖が机を叩きつける。
「伝統あるミッドガルド魔法戦術学園で0点を叩き出すなど前代未聞!即退学でもおかしくない!」
「いや、でも――」
「黙れ!次のダンジョン攻略授業で失態を挽回しろ。そうでなければ……お前の仲間は退学。お前自身も資格を失う。忘れるな!」
「は、はい……」
さすがのリオンも、渋々ながら背筋を伸ばすしかなかった。
その日の放課後、人気のない教室に、リオンは仲間たちを呼び集めていた。
学園長から厳しい叱責を受けた以上、今度は自分が彼らに釘を刺さなければならない、そう覚悟していたからだ。
「やばいぞ、お前ら、このままじゃ全員退学になるかもしれない」
「「「「えーっ!?」」」」
陽翔以外の全員が一斉に声を上げ、目を見開く。
「ちょ、ちょっと待って!留年とかじゃなくて、いきなり退学とかあるの!?」
カイルが慌てふためき、声を裏返す。
「他のDクラスのチームみたいに点数が低いくらいなら、赤点扱いで補習授業とかで何とかなるが、さすがに0点となると、補習授業でどうにかできるものじゃないらしい」
リオンの真剣な声に、場の空気が重く沈む。
「ただ、まだ退学と決まったわけじゃない。学園長曰く次のダンジョン攻略授業で高得点を出せば、挽回の余地はあると言っている。そのために、各自で出来る事を今から全力でやるぞ!」
「う、うん!」
「オッケー☆」
「イエス、マイ、マスター」
「……了解」
皆、さすがに退学になると聞いて、まずいと感じているらしく元気よく返事を返してくれる。
ただ、一人を除いては……
「オイ!ハルト分かっているのか返事くらいしろ!」
先ほどから、机に突っ伏し全く反応のない陽翔にリオンは声を掛ける。
「なんだよ、あの教官……バカにしやがって……ちょっと、張り切りすぎて罠にひっかっただけじゃねえか……それをあんな風にさらし者にしやがって……明日からどんな顔で登校しろってんだ……」
ブツブツと愚痴をこぼしリオンの言葉など耳に入っていない様子だった。
「オイ、こいつどうしたんだ?」
リオンが他のメンバーに聞く。
「イヤ、リオンくんが来る前からずっとこの調子で、声を掛けても全く反応してくれないんだ」
カイルは心配し声を掛けるが全く反応してくれなくて、ほとほと困り果てた様子だった。
そんな様子に女の子たちは冷たかった。
「愚か者め……その態度が変わらぬ限り、同じ過ちを繰り返す」
「#反省しない男って新しいタグ作っちゃおうかな」
「……やる気がないなら、必要ない」
落ち込んでいる陽翔に慰めの言葉をかけるどころか、辛辣な言葉を浴びせる。
「こんな感じで、女の子たちが冷たいもんだから余計に落ち込んじゃって……」
「マジかよ……勘弁してくれ……このままじゃあ、また学園長に説教されて、マジで退学になるぞ」
リオンは頭を抱える。
「ところで、何でリオンくんだけが、学園長室に呼ばれたの?」
「イヤ、まあそれは、ダンジョンで魔物を一番討伐したのは僕だっただろ?だから、まあ僕がこのチームのリーダーという風に見られたらしい」
さすがに監視官として学園に潜入していることは言えないので、適用にそれらしいことを言ってごまかすことにした。
「へー、そうなんだ。でも、実際に的確な指示を出してくれてたしそれでいいんじゃないかな」
「そうだね☆決めてなかったけど、リオピーがリーダーでいいとうちも思うよ☆」
「パーティを統べる覇者は……マイマスターこそふさわしい」
「……異論はない」
「チッ……」
皆がリオンがリーダでいいという中、陽翔だけが舌打ちする。どうやら、自分がリーダではない事が気に入らないらしい。
「オイ!お前、聞こえてんじゃねえか!いつまでもへそ曲げてないでいい加減、話に加われ!」
リオンがきつめに注意するが、相変わらず陽翔は机に突っ伏したまま動こうとしない。
「もういい、聞こえたんならそのまま聞け。みんなもよく聞いてくれ、これから一人ずつダメな個所を言っていく。各自、改善して次のダンジョン攻略授業に挑むぞ」
リオンは真剣な眼差しで仲間たちを見渡した。
「まず、セリナ。お前の詠唱は長すぎる。実戦で悠長に長文を唱えてたら、その間に敵にやられるぞ」
「……っ」セリナが息を呑む。
「高速詠唱や短縮詠唱は一朝一夕じゃできない。だからまずは、前に言っていた自作の自動詠唱杖を完成させろ。最低限、それを使えるようにするんだ」
「……承知しました、マイマスター」
「次はリーナ。戦闘中に“映える”とか言ってる場合じゃない。味方の視界まで潰してどうする」
「うぅ……」
「光魔法は確かに目くらましにも使えるが、タイミングと範囲を考えろ。今度からは“実用性最優先”で魔法を選べ」
「はーい……」リーナは肩を落として小さく返事をする。
「カイル。お前は焦りすぎだ。視界が奪われたくらいで剣を振り回すな。仲間を斬るぞ」
「ひぃ……ごめん……」
「戦況が混乱した時こそ、一度深呼吸して落ち着け。それから周りを確認して行動する。それだけで大分マシになる」
「……わ、わかった。努力してみる」
「シエラ。お前は十分強いし、戦況をひっくり返せる力もある。だが、暴走すれば仲間ごと巻き込む危険が ある」
「……」シエラは視線を逸らした。
「バーサクモードは切り札だ。制御できるまでは極力使うな。次は絶対に、僕が止めなくても済むようにしろ」
「……了解した」
リオンは机に突っ伏したままの陽翔に視線を向けた。
「最後に……ハルト。お前は単独行動が多すぎる。一人で突っ込んだら、仲間ごと全滅するんだ」
「……」
「自分が一番強いと勘違いするな。チームで戦うってことを頭に叩き込め。お前が改善しない限り、このチームは永遠に0点のままだ。そんで、お前もセリナと自作の自動詠唱杖を完成させろ」
こうして一人ずつの弱点を指摘し終えると、教室に重苦しい沈黙が落ちた。
リオンは最後に、仲間たちへ改めて言い切った。
「次で挽回できなきゃ、本当に退学だ。各自、自分の課題に向き合え。それができないなら――僕ももう庇わない」
普段優しいリオンの厳しめの言葉に陽翔以外のメンバーは真剣な顔になる。
しかし、そんな中でも陽翔は返事をしようとしない。
そんな陽翔に近づくとリオンは小声で陽翔に耳打ちする。
「オイ、このままじゃあ、退学になるんだぞ。それだと僕は監視官を任を下ろされるんだよ。お前だって、学園でモテモテハーレムだっけ?それが出来なくなるんじゃないのか?」
他のメンバーに聞かれないようにリオンは必死で陽翔を説得しようとする。
「もういいよ。チームになった女子たちは冷たいし、あんな恥ずかしい姿見られたらもうどうしようもねえじゃねえか……もう、退学して、このスキルで農業でも始めるさ。でっかい農場を経営して、たくさんの可愛い女の子と一緒に汗水たらしてトマト育てるんだ。それか、居酒屋でも開こうかな。美味いメシ出して、女の子たちに『店長~♡ 生ひとつ追加で♡』って言われてさ……。これも立派なハーレムだろ? 勇者より楽しそうじゃねえか……
そういうラノベもあったはずだし、俺もそっち路線で行くかな……」
「オイ、コラ!現実逃避するな!相変わらず半分くらい何言ってるか分からんが、ダメな方向に行っているのは分かる。お前が育てるのは野菜じゃなくて、危機感だ!」
リオンも頭を抱え、どうにもならない空気が漂ったその時……
「あの……失礼します」
扉が静かに開き、金色の髪を肩まで流した少女が一歩踏み入れた。
陽光を受けて輝くその髪は、柔らかな光のベールをまとっているかのようだ。
透き通るような白い肌、整った顔立ち。澄んだ青の瞳は湖を思わせ、纏う純白のローブには金糸の刺繍が繊細に輝いている。
その場にいた全員が、思わず息を呑んだ。
「えーと……君は?」
戸惑いながらリオンが声をかける。
「突然お邪魔して失礼します。わたくし、Bクラスのセラフィーナ・ルミエールと申します。――セラフとお呼びください」
清らかな声で名乗ると、彼女は一礼した。
「それで、セラフさんはいったい何の用で?」
「……ここに、ハルト・スズキさんがいらっしゃると聞いて」
「えっ、俺?」
陽翔が目を丸くする。
「はい。先日の大講義室でのお姿に……わたくし、心を奪われてしまいました」
静かに告げるその一言に、教室の空気がざわついた。
「今お忙しいのでしたら、この後……第二校舎の洗礼室まで来ていただけますか?」
「え、え、えーーー!?」
「ダメでしょうか?」
懇願するように両手を胸の前で組むセラフに、陽翔は即答した。
「ぜ、全然オッケーです!!」
「……よかった。それでは、後ほどお待ちしています」
深々と一礼して去っていくセラフを、教室全体が息を飲んで見送った。
「……来た」
ぽつりと陽翔が呟く。
「は?」リオンが眉を寄せる。
「正統派ヒロイン来たーーー!!ついに俺の物語が動き出したぁぁぁーーー!!」
机を叩いて立ち上がり、両手を突き上げて叫ぶ陽翔。
「ギャルだの中二病だの、イカれた獣人女じゃない!正真正銘の正統派ヒロインがついに来たー!」
リオンは額を押さえてため息をつく。
「……言うに事欠いて、それかよ」
「そ、そうだよハルトくん!本人たちがいるんだから……!」
カイルも慌ててフォローを入れるが、陽翔の耳には届いていない。
先ほどまで落ち込み具合はどこへやら、急にテンションが爆上がりした陽翔を前に、女の子たちは冷めた目を向ける。
「ねぇリオピー、これマジでウケ狙いじゃない?ハルトに“心を奪われる”とか……逆にネタじゃん☆」
「愚かなる者よ……そのような甘言に惑わされるとは、まさに闇に魅入られし愚徒……」
「……罠だ。甘い匂いに釣られる獣は、真っ先に狩られる」
好き放題に言われ、陽翔は机をバンと叩いた。
「バッカ!ちゃんと見る目のある女子から見れば、俺の魅力は分かるんだよ!お前らには分からなくてもな!」
勝ち誇ったように鼻を鳴らすと、陽翔は勢いよく立ち上がる。
「これこそ……俺のラブコメ展開!正統派ヒロインイベントだ!それじゃあ――俺は第二校舎の洗礼室に行ってくるぜ!」
ドン、と音を立てて教室の扉を開け放ち、颯爽と飛び出していく陽翔。
「オ、オイ!今はそんな事より、次のダンジョン攻略授業を何とかしないと退学に……!」
リオンが引き止めようとするが、テンション爆上がりの陽翔の耳には届かなかった。
残された仲間たちは顔を見合わせ、同時に深いため息を吐いた。




