勇者監視官リオン
「5人だ、5人の勇者候補の召喚に成功した。」
執務室に呼ばれ、リオンはエドモンドから、こちらの要望通りの勇者候補の召喚に成功したことを聞かされる。
「へー、良かったじゃないか。これでお前の肩の荷も少しは軽くなるな。」
「おい、だから職務中はちゃんとした言葉づかいを……ああ、もういい。今は伝えなくてはならないことが山ほどあるからな。」
「まあ、そうだろうな。僕が呼ばれたということは、すべてがこちらの都合のいいようにはいかなかったってことだろ?」
リオンが執務室に呼ばれたこと、そして何より、あの女神セリスがちゃんとした勇者候補を召喚したという事自体、疑わしい。
「まあ、その通りだ。問題点がいくつかある。確かに野心はないし、戦場に出てもいいと言ってくれている。」
「なら、問題ないんじゃないか?」
「最後まで聞け。問題点の一つとして、彼らは平和な国や時代に生まれたらしい。実戦経験が皆無だ。」
「あー、なるほどね。つまり、彼らは例え別の世界の人間でも、困っている人を助けたいと思える人たちということか?」
リオンは腕を組みながら考える。
自分の故郷でもない国のために戦う理由があり、なおかつ野心を持たない──となると、おそらく彼らは、生前からそういう生き方をしてきたのだろう。純粋に困っている人を助けたいと思えるような、平和な環境で育った人間。まあ、過酷な戦場を知らないお人よしともいえるけどな、とリオンは思う。
「どうやら、彼らは"誰かを助けたい"という思いを強く持っているらしい。それは、前の世界で果たせなかった志かもしれんがな……」
女神が召喚する勇者候補は、ほとんどが元の世界で志半ばで死亡し、リオンたちの世界に転生してくるらしい。そうなると、今回はセリスがちゃんとそういう人たちを選んでくれたらしい。
「それで、どうするんだ?確かに野心もなく、戦場で戦っても良いと言ってくれているかもしれないけど、いくら特殊能力があっても、実戦経験のない人間を戦場に送っても役に立たないだろ。」
「分かっている。そこでだ、彼らを王立魔法学園に入学させる。」
「……へえ、学園ね。」
リオンはわずかに眉を上げる。
王立魔法学園──かつて自分が通っていた場所。もっとも、卒業はしていない。思い返せば、あの頃の自分はずいぶん無茶をしていた。決闘、衝突、後悔。貴族たちと正面からやり合ったことも、一部の平民生徒をかばったこともあった。
(今さら、学園か……)
もう関係のない場所だと思っていた。だが、こうして再びその名を聞くと、少しばかり胸の奥がざわつく。
「今はまだ平和に見えても、この先どうなるかは分からん。準備だけはしておくべきだ。」
「まあ、それはそうか。」
リオンは軽く頷く。
彼らが学園で学ぶことには賛成だ。だが、自分が関わることになるとは思っていなかった。
「……で、僕は何をすればいいんだ?」
「これは国家の最重要任務だ、失敗するわけにいかん。だから、彼らの監視、場合によってはサポートも必要になるだろう。」
リオンはふむ、と軽く頷いた。
まあ、監視やサポートが必要なのは分かる。自分も非常勤とはいえ教会の職員だし、手続きや案内くらいなら関わることになるだろうと思っていた。
(せいぜい、学園の入学手続きの書類作成や、学園生活のルール説明あたりか……)
だが──
「だから、お前には学園に潜入して、彼らの監視、サポートをしてもらう」
「……はっ?」
リオンは思考が一瞬停止した。
今、何と言った?
学園に「潜入」?勇者候補の「監視」?
それはもう、書類仕事の範囲を大きく逸脱している。
「ちょ、待てよ。非常勤職員の僕が、なんでそんな重要な任務を?」
「私がお前を推薦しておいた。」
「おい!」
リオンは思わず椅子から立ち上がった。
「ふざけるな!なんで僕が!?……まさか、いつもやる気なさそうにしてるから、その嫌がらせか?」
エドモンドは無言でリオンの怒りを受け流す。
「だいたい、潜入って……僕に教師でもしろって言うのか?僕は教員免許なんか持ってないぞ。それとも用務員か?……あっ、もしかして、事務員?」
リオンは次々に可能性を挙げる。
「なるほど、学園に教会から非常勤職員を派遣する形なら、まあ分からなくもないな。監視やサポートもできるし……」
そう納得しかけたところで、エドモンドが淡々と告げる。
「いや、お前は生徒として入学するんだ。」
「…………は?」
リオンの思考が完全に停止した。
(今、何て言った?)
「生徒として入学」?
(僕が? 学園に? いやいや、ありえないだろ、普通に考えて……)
しかし、エドモンドは真顔だ。冗談ではない。
ゆっくりと、その意味が理解できてきた。
「……お前、30歳過ぎてる僕に、もう一度学園に入学しろって言うのか?」
「そうだ。お前の見た目なら違和感ない。……いや、待てよ。当時から16歳に見えないって言われてたんだから、今も変わらないってことになるのか。」
「うるせーよ。」
リオンは無意識に拳を握った。
「別に学園に入学するのに年齢制限はない。ただ、今まで、30歳を過ぎて入学しようなんて頭のおかしい奴がいなかっただけだ。」
「僕が頭がおかしいみたいに言うな。」
リオンはムッとした表情で睨むが、エドモンドはまるで気にした様子もなく続ける。
「事実を言っただけだ。」
「うるさいな……。」
リオンは思わず頬をかく。
いつもなら、こういう時は自分がエドモンドをいじる側なのに、今日はなぜか逆転している。
(なんでこいつ、今日はやけに調子いいんだ……)
不思議な違和感を覚えつつも、納得いかない気持ちを抑えながらリオンはため息をついた。
「それにこれは、お前にとっても悪い話じゃない。学園に正式に入学して、任務にあたってもらう。つまり、勇者候補が無事に卒業できれば、お前も晴れて学園を卒業し、正式な学歴を手に入れるということだ。」
「……まさかお前、これを狙って僕を推薦したのか?」
リオンは半目でエドモンドを睨む。
「勘違いするなよ。」
エドモンドは淡々とした口調で続ける。
「お前のその見た目が、生徒として潜入するのに便利だと思っただけだ。それと、レイラさんのためだ。」
「……レイラさんの?」
「お前が正式な学歴を手に入れれば、父上……つまり大司教に、お前の聖騎士の推薦状を書いてもらう。それがあれば、お前は貴族相当の地位を得られ、レイラさんの"形式上の勘当"も解消できる。」
リオンは黙り込んだ。
レイラはもともと上級貴族の出身だったが、貴族ではない平民のリオンと結婚する際、当然、家からは反対された。しかし、どれだけ反対されても聞く耳を持たないレイラに、最終的に彼女の父は折れ、「形式上の勘当」 という形で結婚を認めたのだった。
エドモンドは肩をすくめる。
「任務とはいえ正式に入学するんだ、生徒としての"学歴"くらい、取っておいて損はないだろ?」
彼は決して「お前のためだ」とは認めないのだろう。
それでも、リオンには分かっていた。
「……恩に着る。」
リオンは静かに頭を下げた。
「違うと言ってるだろ……」
エドモンドは渋い顔で目をそらす。
ひとまず、話はまとまった。
だが──
「あと、問題点がもう一つある。」
エドモンドのその言葉に、リオンは眉をひそめる。
「何?」
エドモンドは、どこか疲れたようにため息をつき、わずかに顔を伏せた。
「……5人の転生者の中に、一人、とびきり面倒な奴がいてな。」
「……は?」
リオンの不安がじわじわと膨らんでいく。
その時、彼はまだ気づいていなかった。
──それが、彼の2度目の学園生活で最大の問題となることを。