ダンジョン攻略授業 チーム決め
朝の教室に、突然陽気な声が響き渡った。
「よーし!お前ら!いよいよお待ちかねの――ダンジョン攻略授業が、今日から開始するぞーッ!!」
ユリウスが教壇の上に仁王立ちで叫ぶと、Dクラスの空気が一気に沸き立つ。
「おおーっ!」「マジかよ、ついにか!」「やっべぇ、装備準備してねぇ!」
最初は引いていた生徒たちも、今ではすっかり慣れた様子で大盛り上がり。
ユリウスはその輪の中心で、ハイテンションに生徒たちとハイタッチしていた。
(まあ、変わろうとはしてたからな。モテはしないでも、“おもしろ先生”としてなら悪くないポジションだろ)
リオンは教室の片隅で腕を組み、ユリウスの変貌をそれなりに好意的に受け取っていた。
だが、その横で――
「……最近、師匠の様子がどうもおかしい」
唐突に、陽翔が真剣な顔で口を開いた。
「おかしいって……あいつは元々おかしいだろ?」
リオンはあっさり流す。
「いや、そうなんだけどさ。でもさ、あんな“おもしろ先生”ポジで満足する人じゃなかっただろ、師匠って!」
「おかしいってことは認めるんだな」
「そこじゃないんだよ!!」
陽翔は珍しく真面目な顔をして続けた。
「最近、モテテクの相談してもさ、無難なことしか言わないんだよ」
「……それ、普通になっただけじゃ?」
「違うんだ! 理屈は合ってるんだ!でも、最初の頃の“熱いパッション”がないんだよ!」
「なんだそれは……」
リオンは眉をしかめたが、心の中では(たしかに以前より尖りが減った気はするが……)と思いつつも、「まあ、そういう時期もあるか」と深く考えないことにした。
教室前方では、ユリウスが朗らかに続ける。
「今回のダンジョン授業はチーム戦だ!3人から6人でチームを組め!仲のいい奴らと組んでもいいし、男女ペアで組めば、恋が芽生えるかもなあ~~?青春だぞ~~?」
ユリウスが冗談めかして言うと、Dクラスのあちこちから笑いが起きる。
かつては引き気味だった空気も、今ではすっかり打ち解けムードだ。
「……ほらな。何も変わってないだろ」
リオンは小さく呟いた。
だが、その隣で陽翔が真顔で首を横に振る。
「いや、やっぱおかしいって……“恋”とか“青春”をあんな軽くネタにする人じゃなかった! あの人、マジで女子生徒と熱く燃える青春を謳歌しようとしてたんだよ!」
「……それは本気でおかしいわ」
リオンは迷いなくツッコんだ。
とはいえ、教室内ではすでに生徒たちがチーム分けに夢中だった。
男女問わず、普段から仲のいい友人を誘い合い、男子の中には意気揚々と女子に声をかけに行く者もいれば、女子は女子で輪になってヒソヒソと作戦会議を始めている。
(さて、こっちはどうするかな……)
そんな中、陽翔とカイルがリオンの方を振り返り、同時に目を合わせた。
「よーし!俺たち3人でチーム決定な!男子3人なら、女子3人を誘えば完璧だ!」
「そんな、合コンじゃないんだから……」
陽翔の浮かれた提案に、カイルが呆れたように突っ込む。
リオンも同感だった。陽翔だけでなく、クラス全体がどこか浮足立っていることに、リオンは一抹の不安を覚えていた。
ダンジョン攻略の授業――それはただの課外活動ではない。状況次第では命すら危うい、本物の実戦訓練だ。
確かに、仲の良さは信頼関係として重要かもしれない。だが、色恋沙汰などという不安定な感情が入り込めば、チーム全体の崩壊すら招きかねない。
「よしっ、それじゃあ一人につき女の子一人がノルマな!まあ、俺の場合は4人か5人に囲まれて、そっちでチーム組むことになるかもだけどな!ハハハハハ!」
「どこからそんな自信が湧いてくるんだ……」
「バッカお前、今まで俺が師匠とどれだけモテテクを積み重ねてきたと思ってるんだよ!あの人、最近ちょっと丸くなったけど、俺が結果を出せばまた昔のような熱いパッションを取り戻すに違いない!」
「いやだから、何度も言うけど、これは合コンじゃなくてダンジョン攻略の授業だ。命の危険もあるし、ちゃんと役割――おい、こら待て!」
リオンが説明を続けようとする間もなく、陽翔は「モテテク実践タイム」と称して女の子たちのグループに駆け出していった。
「……どうする?」
カイルが困ったように問いかける。
「放っておけ、どうせ誰にも相手にされねぇよ」
リオンは肩をすくめて答えると、ちらりと女子生徒に声を掛けて玉砕している陽翔を見やりながら続けた。
「まあ、最低3人いればチームは成立する。このまま俺たちで組んで――」
「リオピー!リオピーってばー!もうチーム、決まった?」
魔導ネットワークでも有名なルミネス、リーナ・フェンブレイズが、満面の笑顔でリオンの前に現れた。
「リーナか……まあ3人は決まったけど、リオピーってなんだ?」
「愛称だよ愛称!かわいいしょ!」
「勘弁してくれ……」
何故、三十路を過ぎてそんな愛称で呼ばれなければならないのか。
「それよりチームだよ!いつもの3人で組むなら、まだ空きがあるでしょ?うちも入れてよ!」
「り、リーナさんが……ぼ、僕たちのチームに……!?」
リーナのファンであるカイルが、激しく混乱する。
「落ち着け、カイル、別にいいけど、いつものメンバーとはいいのか?」
「あー、いつものメンバーが7人でさ、一人余っちゃうんだよね。それでもめるくらいなら、うちが他のチームに行こうと思って」
「リーナさん、優しい……」
素直なカイルは、リーナの気遣いに感動している。
「本当にそれだけか?」
しかし、冷静なリオンは疑念を抱く。
「あ、バレた?リオピーと組めば、またバズる動画撮れると思って!」
リーナは悪びれもせず、笑顔で言い放つ。
「お前な……あの詠唱魔法の動画が変に拡散されたせいで、僕は学園長に呼び出されたんだぞ。しかも、“お前が焚きつけたんじゃないのか”とか言われてな……」
本当は、娘のリリーからも色々言われたが、それは言えないので黙っておく。
「ゴメン、ゴメン。でも、ちゃんと許可は取ったでしょ?」
「いや、まあ……そうなんだが……」
あの時、動画を撮ってSNSに上げてもいいかと聞かれ、よくわからず承諾したのは確かだ。
だから強くは言えないリオンだった。
「カイルっちも、よろ〜♪」
「よ、よ、よろしくお願いします……っ!」
カイルは顔を真っ赤にして、リーナとぎこちなく挨拶を交わす。
「なんで敬語?マジうけるんだけど〜!」
リーナは笑いながら、カイルの肩をポンと叩いた。
(……カイルよ、『カイルっち』はスルーでいいのか?)
リオンは無言でツッコんだ。
「……我が魂の共鳴が導くままに、この場へと降臨せし者――」
「うおっ! びっくりした!」
突然、背後から詩のような声が響き、リオンは肩を跳ねさせて振り返った。
そこにいたのは、長い黒髪をなびかせながら、片膝をついて恭しく頭を垂れる少女――
左目を眼帯で覆い、端正な顔立ちと幻想めいた雰囲気を纏う、Dクラスの生徒、セレナ・ノワールヴェイルだった。
「我が目は見た……あの日、麗しき銀の光のごとく詠唱せしお姿を……。どうか……我を眷属として迎え入れてほしい、マイ・マスター」
「マ、マスター? 眷属?」仰々しい語り口に、リオンは困惑した表情を浮かべた。
(……いったい何を言ってるんだこいつは)
「えっと……つまり、何が言いたいんだ?」
リオンが眉をひそめて訊ねると、隣のリーナが目をキラキラさせて口を挟んだ。
「つまり、セレにゃんもリオピーのチームに入りたいってことでしょ?」
リーナはセレナに抱き着き、勝手に“セレにゃん”と命名して、当然のように笑顔を向ける。
「いいじゃん!セレにゃんめっちゃ可愛いし、絶対“映える”動画撮れるよ!」
「セ、セレにゃんなど、そのような稚拙な二つ名で我を呼ぶな!我が二つ名は――漆黒に生きる、黄昏の使徒――!」
「リオピー、いいでしょ?セレにゃんもチームに入れて!」
「あのな……ダンジョン探索のチームっていうのは、映える動画が撮れるとか、そういうのではなくてだな……」
「ちょっ……コラー!我を無視して勝手に話を進めようとするな!」
リーナの勢いに押されっぱなしのセレナが、思わず怒鳴ってしまうが、当のリーナはまるで気にしていなかった。
「我が魂は、あの日より――銀輝く魔の律動に、導かれている……」
セレナは気を取り直して、右手のひらをリオンに向けて差し出す
「光を束ね、言霊に乗せて顕現せし、その美しき詠唱の姿……我が魂を震わせ、胸に刻まれしあの瞬間を、我は決して忘れはしない……マイ・マスター。我を、その眷属として加えてほしい。我が力、汝が戦に捧げん……!」
「さっきから聞いてりゃ……マスターとか眷属とか、なんなんだ?」
困惑するリオンが思わず呟くと、隣のリーナが吹き出しそうになりながらまた通訳する。
「つまりね~、セリにゃんはリオピーの詠唱を見て以来ファンなったみたいなの。休み時間とかリオピーの事めっちゃ見てるし、リオピーの詠唱動画、ずっと眺めてるもんね」
「なっ……そ、それは……っ!」
セレナの顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「ち、違いますわ!わたくしはただ、魔術の精度としての、ええと、その……し、真理への探求として――」
リーナにリオンのファンであることを指摘され、お嬢様言葉になり、しどろもどろに言い訳を始めるセレナ。
(ノワールヴェイ家は邪神の封印に深くかかわった闇魔法の名門の上級貴族、あの口調が本来の素の姿なんだろうな)
「……まあ、いいんじゃないか。希少な闇魔法が使える奴が入ってくれれば、ダンジョン探索にも役立つしな。……はあ、どっと疲れるチームになってきたな」
「ボス、シエラも入れてほしい」
「……今度は何だ」
振り返ると、そこには小柄ながらしなやかな肢体を持ち、鋭い獣のような瞳と犬耳が印象的な少女が立っていた。
「えーと、お前は……」
「シエラ。リュカオン族は、助けられた恩は忘れない。そして、強い者に従う」
「助けた……って、誰が誰を?」
「適性検査のとき。あの時の動き、普通じゃなかった。――ボスは強い。あたしの鼻がそう言ってる」
(適性検査……ああ、あのバカが測定器を暴走させて、補助柱が女子の頭上に落ちそうになった時か……とっさに助けたっけな)
リオンにとっては一瞬の判断に過ぎなかったが、シエラにとっては命の恩人――いや、群れの“リーダー”になったらしい。
彼女はまるで群れに従う狼のように、じっとリオンを見上げていた。
「……リオピーだの、マスターだの……今度はボスかよ」
リオンはついに頭を抱える。
「いいじゃん、リオピー!シエたんもチーム入れようよ~!あたし、こういう野生系女子めっちゃ好き!」
「シエたん……誰だ?」
「シエラの愛称だよ、愛称!かわいいしょ!」
リーナがまたしても勝手に愛称を付けて、満面の笑顔で煽ってくる。
「愛称……それは仲間の証。わかった、今日からシエたんと名乗る」
「イヤ、名乗るな、僕はそんな愛称で呼ぶつもりはないぞ」
リオンはシエラの真剣な顔を見て、思わずツッコミを入れる。
「で、でも、まあ、これで3人加わったから最大の6人チームになったよね。ハルトくんが女の子連れて戻ってきたら、人数オーバーになっちゃうけど……」
今まで蚊帳の外にいたカイルが、わちゃわちゃした空気を何とかまとめようと口を挟んだ。
「安心しろ、それは絶対にないから」
リオンは即断で断言する。
「リオ~~ン!おかしいんだよ~!モテテク使ってるのに、誰もチーム入ってくれないどころか、めっちゃ邪険にされるんだよ~!……って、ええええええええええ!!?」
案の定、まったく相手にされなかった陽翔が泣き言を言いながら戻ってきて、
すでに3人の女子がチームに入っていることに、盛大な驚きの声を上げた。
「え?え どういうこと?もしかして声かけに行かなくても、俺の魅力で女の子たちを引き寄せてたってこと……?」
「「「は?」」」
その勘違い発言により、女子3人の表情が一斉に険しくなり、場の空気が凍り付く。
(……こんなチームでやっていけるのか)
リオンは再び、深いため息とともに頭を抱えるのだった。




