聖騎士見習いの特別講習
「はあ、はあ、はあ……」
聖騎士見習いのアレクは荒い息を吐きながら、目の前の小柄な人物と対峙していた。
紹介された時、どう見ても少年にしか見えないその人物が、今日の稽古をつけてくれると聞かされた時は冗談かと思った。自分と体格が大きく違う相手に、どうして剣の指導を受ける必要があるのか。だが、剣を構えて一瞬で悟った。
(まるで隙がない……)
対峙するだけで、全身にじっとりとした汗が浮かぶ。こちらが剣を振りかざした瞬間には、既に相手の間合いに入られている気がする。それほどまでに圧倒的な威圧感を持つ少年──リオン。
「どうした? かかってこい」
静かな声が響く。アレクは覚悟を決めた。
「う、うあああああ!」
渾身の力を込めて剣を振るう。
だが、リオンの姿が掻き消えた。次の瞬間、喉元にひんやりとした感触が突きつけられる。
「踏み込みが甘い。それに、その大振りでは僕のような小柄な相手にはすぐ間合いに入られるぞ」
アレクは突如、視界が一回転した。
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。身体が宙を舞い、背中に衝撃が走る。肺から一気に空気が押し出され、喉の奥で息が詰まる感覚に襲われた。
「ぐっ……!」
気づけば、仰向けに地面へと転がっていた。手にしていた剣はいつの間にか弾かれ、数歩先の地面に落ちている。
「次!」
「どりゃあああああああ!」
次に飛び出したのは、筋肉質な見習い聖騎士・ボリス。
彼の攻撃は単純だが、恐るべき破壊力を秘めていた。訓練用の剣とはいえ、まともに受けたら大けがは免れない。それどころか、下手をすれば命に関わる。
だが──
「なっ……!?」
ボリスの剣は、リオンの短剣によって軽々と受け止められた。さらに、そのまま動きを封じられ、いくら力を込めても剣が動かない。
「力に頼りすぎだ。そんなに全身に力を入れていたら、効果的な斬撃は放てない。体は常に脱力しろ、呼吸は乱すな」
ボリスの顔がみるみる赤くなる。
「くっ……もう一度!」
リオンは一度頷き、ボリスに向き直る。
「いいだろう。ただし、今度は力に頼らずに、ちゃんと技で来いよ」
ボリスは深く息を吸い、今度は力任せではなく、リオンの動きを読むように攻撃を仕掛ける。
しかし──
「悪くない。でも、まだ甘いな」
リオンは紙一重でボリスの剣を躱し、そのまま短剣の柄で彼の腕を軽く叩いた。
その瞬間、ボリスの腕がびくりと震え、握っていた剣が手からこぼれ落ちた。
「ぐっ……!」
思わず腕を押さえるボリス。痛みは強くないはずなのに、しびれるような感覚が走る。
「力任せに振るうだけでは、相手に崩される隙を作ることになる。特に、手首や関節を狙われると、簡単に武器を奪われるぞ」
リオンはそう言って、短剣を軽く回しながらボリスを見つめた。
「今のは軽く叩いただけだが、実戦なら次の瞬間には武器を奪われ、反撃を許すことになる。だから、しっかりと手の内を整えて、力の使いどころを見極めろ」
ボリスは悔しそうに唇を噛みながらも、静かに頷いた。
「力を抜いて流れを意識しろ。さっきよりは良くなってるが、動きが単調すぎる。はい、次!」
リオンは容赦なく次の相手を呼ぶ。
「では、私が相手を務めます……」
静かに前に出たのは、黒髪の長身の見習い聖騎士・デュラン。
彼は技巧派であり、剣を使った戦闘だけでなく、戦術にも長けた実力者だった。
「よろしくお願いいたします」
「うん、君は他の二人とは違い、冷静に戦えるタイプだな。試してみるか」
二人は構えを取る。
デュランは慎重に間合いを測りながら、鋭い突きを放った。
デュランの剣が伸びきった瞬間、リオンはすかさず動いた。彼の短剣がデュランの剣に触れたかと思うと、見事に角度を変えさせ、その勢いのまま地面へと落とした。
「……なるほど。間合いの管理は良いな。でも、僕に見切られている時点で駄目だ」
リオンは軽く踏み込んでデュランの腕を取り、あっという間に剣を弾き飛ばした。
「くっ……完敗です……」
「悪くはない。でも、もっと工夫が必要だな。特に突きの後のフォローが甘い。剣が伸びきった後にすぐ体勢を戻せるようにしないと、相手に隙を与えることになる」
次々と見習いたちがリオンに挑むが、誰一人としてまともに相手にならなかった。
その時、場外から軽やかな声が響く。
「リオンくーん、エドモンド審議官がお呼びです!」
リオンが振り向くと、そこには神殿で働く非常勤職員の少女──マリアが立っていた。
彼女は天真爛漫で、誰とでも気さくに接する性格だ。リオンより10歳以上年下だが、なぜか「リオンさん」と呼ぶのはしっくりこないと言い、最初から「リオンくん」と呼んでいた。
「年上には敬意を払え」とリオンは何度か注意したものの、まったく気にする様子がなく、最終的には諦めた経緯がある。
「また何か面倒な話か……」
「そんな言い方しないの! エドモンド審議官、ちょっと怖い顔してたから、急いだほうがいいかもよ?」
「……嫌な予感しかしない」
リオンは溜息をつきながら、聖騎士見習いたちに視線を戻す。
「今日の稽古はここまで。また機会があれば続きをしよう」
見習いたちが悔しそうに頷く中、リオンはマリアに案内されながら、エドモンドの執務室へと向かうのだった。
彼の背中を見送りながら、アレクは隣の新米聖騎士、エリオットに囁いた。
「……あの人、一体誰なんです?」
エリオットは苦笑しながら肩をすくめる。
「非常勤職員のリオンさんだよ。」
「ひ、非常勤職員!? なんでそんな人があんなに強いんですか……?」
アレクは予想外の答えに驚愕する。
「あの見た目で30歳を超えてるんだ。それに、15年前の魔契戦争では最前線で戦っていた元・魔法戦士だ。」
「さ、30歳……!? いや、それよりも15年前の戦争にまで参加していたなんて……」
彼にとっては歴史の教科書で習ったような出来事だ。
「ああ。でも知ってるだろ? 邪神の復活で魔族が強大化したあの戦争で、まともに魔族と渡り合えたのは、キングスナイトのレイラ様くらいだった。リオンさんは最前線に無理に食らいついて、その後遺症で今は当時の半分の力も出せないらしい。」
「は、半分って……」
聖騎士見習いたちは、次々に出てくる衝撃の事実にただただ茫然とした。