見せかけの英雄
ハグロとの話を終え、リオンは軽く息を吐いて訓練場の中央へと戻ってきた。
陽翔とカイルはすでにスキル練習の続きを始めており、陽翔は満面の笑みで剣を振っていた。
「遅かったね、リオンくん」
カイルが声をかける。
「ちょっと、色々質問してたんだよ」
リオンは肩をすくめながら答える。
するとカイルが、どこか嬉しそうに目を輝かせて言った。
「それより、すごいんだよハルトくん! 基本のスキル、もう発動できるようになってて!」
「……何!?」
リオンは思わず声を上げた。
型ならまだしも――スキルは、そんなに発動するものではない。
シンエイリュウでは【内力】、王立騎士式バトルアーツでは【オーラ】と呼ばれる体内に流れる生体エネルギーの流れを感じ取り、それを自分の意思で操る――それだけでも初心者には困難だ。さらに身体の動きと同調させ、技として成立させるには相応の時間がかかる。
「マジか? お前、本当にできたのか……?」
信じがたいという表情のリオンに、陽翔は胸を張って答える。
「おうよ!言ったろ、手ごたえあるって! ほら、見てみろ?」
そういうと陽翔は基本の攻撃スキルをやって見せる。
「斬空一閃!」
体内に流れる生体エネルギーを乗せた横一文字の斬撃を、陽翔は放つと訓練用の木人が真っ二つになる。
「スゲー!もう出来たのか!」
「全適性Sランクって、間違いじゃなかったのか!?」
それを見ていた、まわりの生徒がどよめく。
「ほう、まさか初日からスキルを発動できる生徒がいるとは驚きですね」
「へー、あの小僧やるじゃねーか、ダイヤの原石だな」
教官であるブルーノとハグロも陽翔を評価する。
普段からの残念な言動と、まともに魔力制御が出来ない陽翔はクラス内で散々な評価だった。
しかし、ここにきて一気に評価が爆上がりする。
「あれ、俺なんかやっちゃった!い、言えた!言えたぞ!リオン!」
「ハイハイ、良かったな……そんなに言いたかったのか、そのセリフ……」
リオンは、よく分からないことではしゃぐ陽翔に呆れた表情を浮かべる。
「よし!それじゃあ、約束通りAクラスに決闘申し込んでもいいよな!」
「えええ!? ハ、ハルトくん、本当にAクラスと決闘するの!?」
陽翔の宣言にカイルが驚き、周囲もざわつく。
「何言ってんだ?まだ、基本スキルが発動しただけだろ?それで、Aクラスの連中に勝てると思っているのか?」
「バッカ!お前、いきなりスキルは発動できるという事はだ、いきなり実戦でも活躍できるってことだろ!?その証拠に蓮は、Aクラスのしかも上級生に不利な装備で勝ったじゃねえか!」
あまりに雑な理屈に、リオンは額を押さえてため息をついた。
「……あのな、蓮とお前じゃあ、色々と条件が違うんだよ」
「はあ!? どういうことだよ、意味わかんねえ!」
――説明できるわけがない。リオンは心の中で舌打ちする。
(召喚者だってことも、ギフトの性質も、今説明したらみんなにバレるだろうが)
仕方がないのでリオンは陽翔に体で分からせることにした。
「はー……分かった。じゃあ、実戦形式の組手で僕が相手してやる。いいですよね、ブルーノ先生?」
「ええ、基本スキルが発動した以上、ハルトくんは時間が余っていからね。君が良ければ相手をしてあげなさい」
「よっしゃー!さー、覚悟しろよリオン、今までさんざん上から目線で色々、言ってきやがって、それも今日で最後だ!」
「それは、お前がいつも馬鹿なことを言っているからだろ……御託はいいから、ささっとかかってこい」
リオンは短剣を構える。
陽翔は剣を振りかざし「うおりゃあああ!」と叫びリオンに向かっていった。
「斬空一閃ッ!!」
全身に力を込めて叫ぶ陽翔。その剣には確かにオーラが宿り、軌跡に薄く青白い光が走る。だが――
「隙だらけだ」
陽翔の大振りな一撃。その隙を突いて懐に滑り込んだリオンの短剣が、鋭く陽翔の脇腹へ叩きつけられた。
「ぐはっ!?」
陽翔の身体がぐらりと揺れ、その瞬間にはもう膝裏を刈られ、地面に転がされていた。
リオンは無駄のない動作で距離を取り、構えを解いた。
「くっ……い、今のはさすがに大振りだったな……もう一回だ!」
陽翔は今度は慎重に距離を測る。そして、間合いに入った瞬間――
「双牙迅斬!!」
スピード重視の二連撃。今度は的確に狙いを絞り、リオンに斬撃を叩き込む。
しかし――リオンは冷静に一撃目をかわし、二撃目を受け流す。
そのまま懐に入り込むと、陽翔の腹部に手のひらを当て、ゼロ距離から寸勁を叩き込んだ。
「ぐはっ……お、おおおおっ……!」
凄まじい衝撃に剣を取り落とし、その場に倒れ込む陽翔。腹部を押さえて悶絶する。
「はあ……はあ……そ、そんな馬鹿な……」
「どうだ?理解しただろ?Aクラスとの決闘なんてまだ早いんだよ」
「イヤ!もう一回だ!」
頑として現実を認めたくない陽翔は何度もリオンに挑んでいくが、結果は同じだった。
陽翔は何度もスキルを叫び、技を出すがリオンにあっさりいなされ、打ちのめされていく。
終わってみれば、陽翔の攻撃は一度もリオンに届くことなく、地面に転がること五回以上。
先ほどまで沸き立っていた生徒たちの声は、すでにしんと静まり返っていた。
「……あれ? やっぱり見かけ倒しだった?」
「すごいって言って損した……」
「むしろ、リオンの方がヤバいな……」
どこからともなく、そんな冷たい囁きが聞こえてくる。
一時は爆上がりしていた陽翔の評価も、一気に地に落ち、代わりに、リオンの無駄のない華麗な動きに、皆が息を呑んだ。
一方、訓練場の端で見ていたブルーノ教官は、腕を組みながら静かに呟いた。
「……スキルの才能は確かにあるようですが、実戦経験は皆無のようですね。型とタイミング、まるでなっていません。見よう見まねで覚えただけでは、簡単に崩れます。」
隣にいたハグロも鼻を鳴らして言う。
「そりゃそうだろ。型とスキルだけで勝てるなら、苦労はいらねえ。リオンの積み重ねた経験の方が、よほど重いってこった」
陽翔は、地面に座り込んだまま悔しそうに拳を握り締める。
「くっそぉ……なんでだよ……俺、スキル使えたのに……!」
リオンはため息をつきながら、そっと陽翔に声をかけた。
「“使える”のと“使いこなせる”のは、まったくの別物だよ。――これが、現実だ」
陽翔は顔を背けて、拳を地面に叩きつける。
「ち、違う……これは相手が悪かったんだ!お前が特別だっただけだろ!?見た目は子どもでも中身は熟練者じゃんか!本物の学生相手なら……」
「そうか?じゃあ、誰かハルトの相手をしてやってくれないか?」
リオンは周りに声を掛ける。
「よーし、それじゃあ、俺やってやろうか?」
「俺もちょっとやってみたかったしな」
リオンと普段絡んでいる男子たちが何人か手を上げる。
Dクラスとはいえ、王立魔法学園に入学できる生徒は、決して素人ではない。彼らのほとんどが、自分の村の道場などで剣術や体術を学んだりしている。
「よし!それじゃあ、ハルト、どこからでもかかってこい!」
「斬空一閃ッ!!」
陽翔は勢いよく飛び込んだが――
「甘い!」
相手の鋭いカウンターに剣が弾かれ、あっという間に背後を取られる。
「一本!」
次はレイピアと短剣を併用する女子生徒。しなやかなステップに翻弄され、陽翔の攻撃は空振りばかり。逆に足元をすくわれ、体勢を崩されて敗北。
三人目。槍使いの男子には、間合いの違いに翻弄され、一撃も届かず敗退。
四人目。体術系の少女にはスキルの初動を読まれ、カウンターで地面に転がされた。
「ま、待てよ……なんで……俺、全適性Sランクだぞ……?」。
散々な結果に陽翔の顔から血の気が引いていく。
「よし、カイル、最後はお前が相手してやれ」
「えっ!? ぼ、僕……!?」
明らかに及び腰のカイルが剣を構える。動きはぎこちなく、膝が小刻みに震えている。
「さすがにお前にも負けるわけにはいかん!悪いが全力でいかせてもらうぞ!【流影斬舞】!!」
陽翔は流れるような連撃を繰り出す。だが――
「う、うあああああっ!!」
バシッ!
「一本!」
陽翔の動きにムラがあり、その隙を――おっかなびっくり逃げ回っていたカイルが、偶然にも見逃さず弱々しい一撃を入れることに成功してしまった。
「わ、わわっ!? あ、当たっちゃった! ご、ごめん!」
「謝らなくていいんだよ。これはそういう訓練なんだから」
リオンが苦笑しつつ言う。
「……で、どうだ? 今度こそ分かっただろ? Aクラスと決闘なんて――って、おい?」
陽翔は、地面に突っ伏したまま動かなかった。顔を上げようともしない。
リオンは何度も陽翔に声を掛けるが、それでも、陽翔は立ち上がらなかった。
まるで現実の重みに、押し潰されるかのように。




