Dクラスの2つの話題
模擬戦が終わり、数週間が経過した。
Dクラスでは、今や話題が2つに集約されていた。
一つは「詠唱魔法」だ。
きっかけはリオンの詠唱魔法だった。あの動画が魔導ネットワークで拡散されると、瞬く間にルミネスたち――魔導SNSで人気を誇る影響力者たちが真似をし始めた。
ただし、彼女たちはそのまま真似するだけではなかった。自分なりにアレンジを加え、詠唱を“歌うように”唱え、攻撃魔法としてではなく、魅せるための演出魔法へと昇華させていったのだ。
光魔法ならステージ照明のようにキラキラと、火魔法なら夜空を彩る花火のように。魔法演算を学ぶ今の学生たちは、その基礎知識を活かして次々と“派手で映える”応用を試み、まるで魔法が芸術やファッションの一部になったかのようだった。
その波は、ついにテレビ業界にも届き始めていた。
まだ“波及しつつある”段階ではあるが、アイドル番組の一部ではすでに演出として詠唱魔法が取り入れられ始め、光魔法でステージを彩りながら、“可愛い詠唱”を披露するコーナーまで登場しつつある。
そうした現象を目の当たりにして、リオンはただ、ぽかんと口を開けるばかりだった。
「……いや、僕の時代、詠唱魔法って“精密制御”と“威力調整”のために存在してたんだけどな……」
学生たちの“意味不明だが何だか楽しそうな”魔法の使い方は、リオンにとってまるで異世界の光景だった。
詠唱魔法とは本来、魔法の基礎を高め、魔力を正確に制御するためのものだった。だが今や、それは“自己表現”や“パフォーマンス”として受け取られている。まるで、詠唱が舞台芸術にでもなったかのように。
そして今日も、Dクラスの教室では「どう詠唱すればカッコいいか」「どんな言い回しが尊いか」で盛り上がっていた。
「リオンくん、これ、どう思う?」
「この“空よ、星の海よ”って始まり、ちょっとありきたりかな?」
「“我が魂の業火よ”とか、それ完全にリオンくんの真似じゃん!」
次々と詠唱案が飛び交い、クラスメイトたちは熱心に意見を交わしていた。
当のリオンはというと、肩をすくめて、
「……いや、どうと言われても、別にカッコいいかどうかなんて考えたことなかったから……」
と、どこか困惑したような表情を浮かべる。
だが――
長年、何千回、何万回と唱え続けてきたその詠唱は、無駄な動きが一切なく、言葉の緩急も自然で、魔力の流れと完全に一致していた。加えて、魔法の起動タイミングや動作にわずかな演出が織り込まれており、見る者の目を引く“魅せる魔法”になっていたのだ。
本人にその自覚はなくとも、その詠唱は明らかに“洗練されていた”。
その結果――
リオンは、なぜかクラス内で「詠唱指導の第一人者」として扱われるようになり、本人の意思とはまったく関係なく、“詠唱師匠”という奇妙なあだ名までつけられてしまっていた。
「……いや、師匠って……僕、別に教えるつもりは――」
「師匠、これ見てください! 新しい詠唱バージョン、考えてきました!」
「師匠! 昨日テレビでアイドルがやってた『煌めく旋律よ、愛を奏でろ!』って詠唱、どう思いますか!?」
リオンは頭を抱えた。
(……僕の詠唱、そんなに流行らせるつもりはなかったんだけどな……)
もう一つ、クラスで話題になっていたのが――蓮のことだった。
模擬戦のあの逆転劇は、多くの生徒を熱狂させた。圧倒的不利な状況からの勝利、敵の力量を正確に見抜いた判断力、そして、仲間の力を信じて最後まで戦い抜いた姿。
さらに、蓮があの場に参加したのは“偶然”ではなく、“特例”だったという噂もどこからともなく広まり、そのすべてが合わさって、彼の存在はまるで物語の主人公のように語られるようになっていた。
そして、保護目的で任命されたはずの生徒会役員という立場も、蓮にとっては実にしっくりくるものだった。
「図書室の整理も手伝ってた。すごく丁寧だったよ」
「ほったらかされてたDクラスの寮の修繕、蓮くんが学園に直談判して、今度やってくれるらしいよ」
「誰にでも分け隔てなく優しくて、しかもイケメン……もはや神ね」
――女子生徒たちの評価は、もはや信仰に近い。
Dクラス内にすらファンクラブが発足し、放課後には同じく勇者候補の女子三人が“手伝い”と称して彼の周囲を囲んでいた。
「保護目的で生徒会に入れたが、まさかこんな事になるとはな……」
リオンは、苦笑を浮かべながらそう呟くしかなかった。
――そんな中、放課後のリオンは、別の理由で学園長室に呼び出されていた。
「お前か、リオン。最近の詠唱魔法の妙な流行……まさか意図的に煽ったわけじゃあるまいな?」
学園長室に入るなり、ヘルマンの低い声が飛んできた。
「は? 違いますってば! 僕はただ普通に詠唱してただけで……!」
リオンは慌てて弁明するが、ヘルマンは聞く耳を持たない。
「詠唱魔法が見直されること自体はいい。詠唱とは魔力を体で感じ、制御し、魔法の基礎を高めるもの。昨今、詠唱魔法が軽視されていることには、私も思うところがあった」
実際、ヘルマンはかつて教員だった頃、リオンたちに詠唱魔法を指導していた一人でもある。自動詠唱装置が普及し、魔法の根幹を理解せずとも発動できるようになった現代の風潮に、内心では疑問を抱いていたのだろう。
しかし――
「だが、だ!」
ヘルマンはドンと机を叩き、机上の書類がわずかに跳ねた。
「なんだこの詠唱は! ふざけているのか!? 見た目ばかり重視して、中身がない!意味もなくキラキラさせ、踊るように詠唱をする始末……!こんなもので、魔法の基礎が学べるとでも思っているか!」
「いやだから、それを僕に言われても……」
リオンは頭を抱えながら小声で抗議するが、もはや聞こえてすらいないようだった。
「“煌めく星よ、愛を照らせ”だと!?これは詠唱なのか!?もはや詩だ!いや歌か!?」
「……いや、だからそれ、僕じゃなくてルミネスの連中が……」
そんな不毛な説教なのか、八つ当たりなのかよく分からない状況を学園長秘書のエリシアが、口元を押さえて笑いをこらえていた。
そして長い説教が終わり学園長室を出ると、すると隣から、ふふふっ……と、くすくす笑い声。
「……エリシアさん、笑いすぎです。助けてくれてもいいでしょう」
「ふふっ、リオン様が詠唱師匠と呼ばれている件、私も先ほど知りまして。まさか本当に学園長に叱責されるとは……ああ、苦しい……」
「苦しいのは僕の立場なんだけどな……」
リオンは小さく嘆息した。




