上級生との模擬戦 その3
空間が軋むような音を立て、蓮の手にある一本の剣──見た目は平凡な量産品にすぎないが、仲間たちの想いが込められたその刃が、眩い光を帯びていく。
剣先から放たれた光が闘技場を満たし、魔力ではない、もっと古く、もっと重い“何か”が世界に染み出すような気配が広がっていった。
その想いが触媒となって、神話の扉が開かれる。
眩い閃光が天を裂いた、その瞬間──神話の剣、《天羽々斬》が、現世に顕現した。
観客席がどよめく中、リオンは目を細めて呟く。
(あれは確か……カタナ。召喚者の鍛冶屋が自分たちの世界の剣として広めて、今では武器屋でもたまに見かけるな。しかし――)
(あれは違う。武器屋で見る量産品じゃない。まるで、本物の神剣だ)
「はあああああッ!!」
蓮の気合一閃と共に、天羽々斬が唸りを上げる。
斬撃と同時に、何重にも築かれた土の壁がまるで紙細工のように一瞬でこま切れになっていった。
「なっ……!?」
ようやく姿を現したジークフリートが愕然と目を見開く。
天羽々斬の一閃がすべてを切り裂いた直後、蓮の膝がわずかに揺らぐ。
(……クソッ、体が……重い)
神剣召喚――初めての発動。神剣の顕現に体が耐えきれず、全身が悲鳴を上げていた。
しかし、それでも、蓮の瞳に迷いはなかった。目の前には、まだ立ち尽くすジークフリートがいる。このまま終わらせるわけにはいかない。
「……ッ、もう一振りだけ、力を貸してくれ……!」
震える手で天羽々斬を構え直し、もう片方の手を高く掲げる。
「──来い、神剣召喚……《エクスカリバー》!!」
再び、空間が軋む。
今度は天ではなく、大地から光が沸き上がるようだった。
天羽々斬とはまったく異なる気配――
それは、神々しいという言葉すら足りない、まさに“王たる剣”。
剣の輪郭が光の中に浮かび上がる。
黄金の輝きを湛えた大剣が、静かに蓮の手に収まった瞬間──
観客席全体が、ひと呼吸の間、沈黙した。
「……あれは……」
「何だ、あの神々しい剣は……」
「伝説の……いや、そんな次元じゃない……」
どよめきが広がる中、リオンも瞳を見開いていた。
(……まるで、王の威光をそのまま形にしたような……)
重力すら捻じ曲げるような存在感。
それは確かに、“選ばれし者”の剣だった。
蓮は最後の力を込め、剣を構える。
その刹那、エクスカリバーが微かに共鳴し、空気が震えた。
「──聖剣斬閃ッ!!」
エクスカリバーが天へと閃光を放ち、次の瞬間――光の奔流が大地を裂くように走った。
「くっ……っ! 《トライ・バリア》ッ!」
ジークフリートが咄嗟に三重の防御障壁を展開。魔導剣の力を借りて即座に形作った光と土の結界が、空間に幾重にも重なる。
だが、聖なる斬閃は、そのすべてを紙のように切り裂いた。
障壁が砕ける音と同時に、巨大な光の衝撃波が闘技場を貫く。
「──ぐ、あああああッ!!」
ジークフリートの身体が吹き飛んだ。防御も魔法も追いつかず、無防備なまま光に呑まれ、宙を舞って壁際へと叩きつけられる。
その瞬間、彼の胸元で小さな魔導具――《生命護符》が淡く蒼い輝きを放った。
青白い球状の障壁が彼の全身を包み込み、致命傷だけをかろうじて防ぐ。
「……っ」
守られたその身体は、深く傷つき、意識を失っていた。
観客席に設置された判定装置が魔力を感知し、審判の魔導音声が響き渡る。
「《生命護符》発動確認――ジークフリート=ヴァルトハイム、戦闘不能と判定」
場内が静まり返る。
次の瞬間、割れるような歓声が会場を包み込んだ。
だがその中心に立つ蓮は、すでに限界だった。足元がふらつき、膝が折れかける――。
「っとと……無理をするな」
すっと手を差し伸べたのは、生徒会長クラウスだった。誰よりも早く闘技場に駆け寄り、倒れかけた蓮の肩を支える。
「苦しいだろうが、今は──耐えろ。立て、キリシマ」
小さく、しかし確かな声で告げられた言葉に、蓮は食いしばった歯の奥で息を吐き、わずかに頷く。
都合のいいことに、会場の熱狂は一向に収まらない。歓声に紛れて、クラウスは蓮の腕を高々と掲げる。
「──勝者、レン・キリシマッ!!」
その宣言が響いた瞬間、再び場内は歓喜の嵐に包まれた。
そして――
「救護班、急ぎ《両名》に回復魔法を」
公平を装いながらも、クラウスの声には明確な意図があった。
ジークフリートだけでなく、蓮にも即座に治癒を施させる。これによって、『勝者が意識を失って引き分け』などという姑息な言いがかりを完全に封じる。
事実上の戦闘不能はジークのみ。蓮の勝利は誰の目にも明らかとなった。
支えられながら、蓮はかすかに笑う。観客席では、風華、美咲、瑠奈、そしてAクラスの平民たちが歓喜の声を上げていた。
クラウスはそんな蓮の顔をちらと見て、ふっと笑う。
「……まったく、とんでもない奴だ。リオン・アルスレッドの要望がなくとも生徒会に欲しい逸材だ」
やがて、観客の熱狂が一段落し、会場が次第に静けさを取り戻す。
そのタイミングを見計らい、クラウスは壇上に一歩進み出た。
「皆、静粛に、もうひとつ重要な連絡がある」
その声に、徐々に観客の熱狂が静まり始める。
「ご存じの通り、生徒会長には“生徒会役員にふさわしい人材”を推薦し、任命する権限がある」
静寂が戻る中、クラウスの視線が蓮を捉える。
「よって──本日をもって、レン・キリシマを王立魔法学園生徒会・特務補佐に任命することを、ここに宣言する」
その言葉に、会場がどよめいた。
生徒会役員と言えば、王立魔法学園では強力な権限と影響力を持つ立場だ。
敵対者にそれを持たれてはたまらない──そう思ったのか、勇者派閥の少年たちが反射的に声を上げかける。
「そ、それは不公平だ!」
「いくら勝ったとはいえ──!」
だが、クラウスは、冷たい視線を会場へ向けた。
まるで空気が一変したかのように、騒ぎかけた声が止まる。
「彼は、明らかに不利な装備、劣勢な立場にありながらも、一歩も退かず、冷静に戦い、そして最後には“勝利”を掴んだ。その胆力、実力、そして誇りを汚さなかった心は、生徒会役員として申し分のない資質と判断する」
最後に、クラウスは一言、鋭く告げる。
「これに異を唱える者は、何をもって反対する?」
場内は、完全な沈黙に包まれた。誰も何も言えない。誰一人として、反論の言葉を見つけられなかった。
Aクラスの貴族たちは、ジークフリートの勝利を確実にするために、特注の魔導具や高性能装備を惜しみなく与えていた。
それが結果的に、蓮の立場がいかに不利だったかを浮き彫りにし、逆に彼の勝利を“奇跡”から“実力”へと押し上げることになった。
(……上手いな、クラウス)
観客席のリオンが、腕を組んだまま目を細める。
(もし蓮が敗れていたとしても、同じ言葉を使うつもりだっただろう。“圧倒的な不利の中、臆せず戦った心意気は、生徒会役員にふさわしい”──とでも)
(クラウス=ヴァレンティウス、なかなかの策士じゃないか。レイラさんの件で取り乱したときは、なんだこいつはと思ったが、生徒会長の肩書は伊達じゃないということか)
こうして模擬戦は、蓮の勝利で幕を閉じた。
歓声と熱気が渦巻く闘技場の隅で、リオンは静かにその余韻を見つめていた。
(……すごいな、蓮。これは、卒業までに確実に追い抜かれるな)
そして、ただ力があるだけじゃない。仲間を信じ、誇りを守り、まっすぐに戦った。
誰にも媚びず、誰も見下さず、それでも結果を出してみせた。
――あれは、昔の自分が目指していた姿じゃない。
でも、大人になった今なら分かる。あれは、力を持つ者の“正しい在り方”なんだ。
それを、蓮はまだ若いのに、もう、そこに辿り着いている。
その事実が、リオンの胸の奥に、小さな悔しさと焦りを芽生えさせた。
(羨ましいな……本当に、お前は眩しいよ)
だが、それでも――リオンは今の自分を、もう否定しない。
戦場に戻るつもりはない。守るべき家族がいて、背負うべき役目がある。
だからこそ、願うのだ。
(蓮……願わくば、お前がその力に溺れることなく、その手で、“正しい未来”を選んでくれ)
その視線は、かつて剣を振るった少年のものではなかった。
今を託す、大人の目だった。




