王立魔法学園生徒会の役員たち
リオンは帰省して、帰ってきたその翌日、一通の封筒を手に、再び生徒会室の前に立っていた。
(これでダメなら、本当に別の方法を考えないと……)
重厚な扉をノックすると、再び控えめな声が返ってくる。
「どうぞ」
扉を開けると、先日と同じようにクラウスが中央の席に座っていた。リオンはまっすぐに彼の前に立ち、封筒を差し出す。
「クラウス先輩。先日の件について、追加でご提出するものがあります」
「これは……?」
クラウスは怪訝な顔をしながら封筒を受け取り、表面に目を落とした。
そして、瞬時に表情が変わる。
彼の視線が一点に吸い寄せられる。
封筒の封緘部には、鮮やかに刻まれた紅の印章──
王国直属の称号を示す、王国第一騎士の公式印が押されていた。
クラウスは封を切る手をわずかに震わせながら、慎重に書状を取り出す。
中にあったのは一枚の羊皮紙。達筆な文字で丁寧に綴られた文の末尾には──
『第六十二代生徒会長 レイラ・エレオノーラ・フォン・ブライトバーン』
という署名と、個人の印が添えられていた。
「リオン・アルスレッド!!」
「うおっ!」
今までの冷静沈着だった生徒会長はどこへやら。
クラウスは書状を握りしめたまま、立ち上がるとリオンに詰め寄ってきた。
「ど、ど、どういうことだ──!?な、なぜ君が、レイラ様直々の書状を……ッ!!」
「ちょ、落ち着いてください、クラウス先輩……!」
思わず後ずさりしながら、リオンは封筒を指さす。
「僕はただ……それを渡しに来ただけで……あの、書状が少しでも役に立てばと思っただけで……!」
そんなリオンの狼狽など意に介さず、クラウスのテンションは爆上がりしていた。
「印章も筆跡も……完全一致!これは間違いなく、レイラ様の御手によるもの……ッ!! 私は知っている、在任中に使われた議事録文体の傾向も、筆圧の特徴も、署名時の収束のクセも……!」
「いや、何でそこまで知ってるんですか……」
リオンは思わず小声でツッコんだ。
すると、奥の机で書類を並べていた少女が、顔を上げることなく淡々と告げた。
「また始まったわね」
「……もう三度目よ、今月に入って」
「落ち着くまで、あと五分くらいかしら」
いつの間にか姿を現していた生徒会の女子メンバーたちが、誰一人動じることなく作業を続けている。
「えっ……これ、いつものことなんですか……?」
リオンが困惑気味に尋ねると、書記の少女──たぶんエマという名前だったと思う──が小さく頷いた。
「レイラ様の名が関係すると、会長は冷静さを失うんです。 でもそのぶん、行動力はすごいので……放っておいても、数分で元に戻りますよ」
(いや……放っておいていいレベルじゃないと思うんだけど……)
「クーくんはね、小さい頃に“レイラ様の武勇絵巻”を読んで、ずっと憧れてるの、この学園を目指したのも、生徒会長になったのも、全部それがきっかけなんだよ」
エマがなんだか嬉しそうに説明をする。
「イヤ、クーくんって……」
「あっ、ごめんなさい、昔からの呼び方で……つい」
(なるほど、このエマと言う子はクラウスの幼馴染と言ったところか……)
「つい、ね……ふぅん。わざとじゃなくって?」
ぴしりと冷えた声が横から飛んできた。
振り向くと、整った金髪を揺らしながら、会計らしき少女がリーフレットを折りながらこちらを見ていた。
「リュミエール=マルセル。会計を務めているわ。……で、その“つい”は、どういうつもりかしら?」
「リュミエール、落ち着いて……」
隣で副会長と思しき少女が、眉間にしわを寄せながら苦笑する。
「でも、リュミエールの言ってることも分かるわ。 “つい”の頻度、多すぎじゃない? まるで自分と会長が“特別な関係です”ってアピールしてるみたい。 ……副会長のセシリア=グレイスよ」
エマは、少し肩をすくめて、申し訳なさそうに笑った。
「えー、そんなつもりじゃないよ。小さいときからずっと一緒だったから、自然に出ちゃうだで……」
「くっ……そういうところが……」
「私なんか、まだ名前で呼んだことすらないのに……」
(ああ……嫉妬してるな、これ)
リオンは生ぬるい目で一連のやり取りを眺めながら、内心でつぶやく。
(この三人、全員クラウスに気があるのか……)
しかし、当のクラウスはというと──
「……あの剣さばき……あの決断力……まさに気高き炎そのもの……。 レイラ様は、ただ強いだけでなく、仁愛と誇りを併せ持った真の王国騎士……!」
ひとり熱く語り続けていた。
「……ああ、あの日の一節……『力なき正義に意味はない。されど、正義なき力は災いとなる』!私が生徒会に求めた理想は、すべてそこにあるのだ……!」
(……うん、全然気づいてないな)
「しかし、レイラ様の武勇絵巻ね……そんなものがあったのか……」
(夫である、僕は全く知らなかったぞ)
すると、生徒会室の空気が凍りついた。
エマが「あっ……」という顔になり、隣の副会長と会計も目を見開く。
(え……?)
全員が「それは言ってはいけないことを言った」という顔をしている。
案の定、クラウスが反応した。
「貴様ァッ!!」
机を勢いよく叩き、クラウスが指を突きつけてきた。
「王立魔法学園の生徒でありながら、レイラ様の武勇絵巻を読んでいない!? それどころか、存在すら知らなかっただと!? その無知……罪深いぞ!」
「えぇ……」
リオンは思わず一歩引いた。
「よし、貸してやる! 今すぐ読め!! 安心しろ、私は保存用・観賞用・布教用の三冊を常備しているからな!!」
「どんだけ持ってんだよ……」
生徒会役員たちはすでに慣れっこらしく、エマは「はいはい落ち着いて」と苦笑しつつ紅茶を淹れ始めていた。
(……そもそも、そのレイラさんのことなら、ここにいる誰よりも知ってるんだけどな……)
何が悲しくて、自分の妻の武勇絵巻を読まなければならないのか。
リオンはぐったりと肩を落としながら、リオンは話題をそらすために視線を壁の肖像画へと向ける。
「あの肖像画、すごいですよね。等身大どころじゃないサイズで……かなり、目立ってますね」
クラウスの目がキラリと輝いた。
「よくぞ気づいてくれた!!」
(あ、しまった、別のスイッチ入ったか……)
「レイラ様の気高さと威厳を、可能な限り正確に、かつ芸術的に再現した一枚。これは私が個人の私費で、美術部のOBに依頼して描いてもらった特注品だ!」
「よく設置を学園が許可しましたね」
「イヤ、これは私の独断だ!」
(おい!どこが“生徒会は中立”だよ!完全に職権乱用だろ!!)
リオンは心の中で全力で突っ込んだ。
(……生徒会って、昔もクセ強かったけど……今も相当だな)
「……ところで、今日お伺いした件なんですが」
話が一向に進まないので、リオンは意を決して本題に触れる。
「ああ、蓮という特例入学組の生徒だったな。良いだろう。生徒会が保護しよう」
「……即答かよ!?」
(先日のやり取りは何だったんだよ!!)
感情論は無意味だの、証拠がないだの、あれだけ理屈こねて突っぱねてたのに、この掌返し。
「レイラ様の直々の書状がある以上、蔑ろにするわけにはいかん!」
「えーと、生徒会は『貴族の味方でも平民の味方でもない、中立を貫く』じゃあ、なかったんでしたっけ?」
リオンはジト目でクラウスを見つめる。
「な、何もレイラ様の書状だけが理由ではないぞ!圧倒的な力を持つ者が、それを利用して弱者を虐げるのなら──そこに介入すべきだ。それが秩序というものだろう!!」
「それ、この前、僕が言ったセリフなんですけど!?」
ついにリオンは声を上げた。
(人のセリフでドヤ顔してんじゃねえ!)
クラウスは気まずそうに咳払いをひとつ。
生徒会役員たちも、誰も突っ込もうとしないあたり、すでに慣れきっているらしい。
「し、しかし、あれだな保護をするにしても名目、役職が必要になるか……」
クラウスは話をそらすように別の話に切り替える。
「それなら、昔、生徒会には“特務補佐”という役職があったはずですけど」
「何?なんだ、その役職は?」
「レイラ様が生徒会長の頃に創設したと聞きましたが……」
(実際は僕を生徒会に入れるために無理やり作った役職だけど……非公式だったからな記録には載ってないか)
「レイラ様が導入した制度!?即採用だ!!」
(また即答かよ!大丈夫か、生徒会……)
リオンは顔を覆いながら、今後の蓮の扱いに一抹の不安を覚えた。
蓮の“特務補佐”任命が仮決定され、ひとまず場は落ち着いた。
紅茶を口にしたクラウスが、ふと思い出したようにリオンを見る。
「そういえば、リオン・アルスレッド。君が、あの書状をどうやって手に入れたのか、まだ聞いていなかったな」
リオンはピクリと眉を動かした。
「……ちょっとした、知り合いの伝手です」
「ふむ、知り合いか」
クラウスは顎に手を当て、何やら考え込む素振りを見せる。
「確か──今年は、レイラ様のご令嬢がこの学園に入学されたと聞く。 名前は……リリー=オルティアだったか……」
クラウスがリオンに向き直り、じっと見つめる。
「リオン・アルスレッド──まさか君はレイラ様の……」
リオンの心臓が跳ねた。
(やばい、バレたか……!?)
「隠し子かッ!?」
「違うわ!!」
椅子を蹴るように立ち上がったリオンの絶叫が、生徒会室に響き渡る。
エマがぷっと吹き出し、セシリアとリュミエールは目を伏せて肩を震わせていた。
クラウスだけは真剣な顔のまま、うんうんと頷いている。
「なるほど……違う、か……。ふむ、ならばそれでいい」
(よくねえよ……)
リオンは額を押さえ、静かに天井を仰いだ。
──まったく、生徒会ってやつは、どの時代も本当に手がかかる。




