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王立魔法学園生徒会

 リリーが自室へ駆け上がっていったあと、リビングには静寂が戻ってきた。

 「ふふ……リオンくんも大変だな。娘に“可愛い”ってバズられて怒られる父親なんて、そうそういないぞ?」

 「茶化さないでくれ……」

 リオンはため息をつきながらも、どこか諦めたように口元を緩めた。


 やがて、落ち着いた空気が戻ったそのタイミングで、彼はソファに座り直し、真剣な面持ちで切り出す。

 「……それで、レイラさん。少し、話したいことがあるんだけど」

 「ん? 急にどうした?」

 「ちょっと……学園のことで相談したい。いや、お願いがあって」

 レイラが紅茶のカップをそっと置き、真っ直ぐにリオンを見つめた。


 「今、学園で少し変な空気が流れてるんだ。蓮っていう生徒のこと、覚えてる?」

 「ああ、特例入学組の一人だな。確か、実戦向きのギフトを持ってるって、君が言ってたな」

 「そう。彼は今度、上級生との模擬戦に挑むことになっててさ……でも、勝っても負けても立場が悪くなる

 「ふむ……」

 「だから、中立の立場にある生徒会の力を借りられないかと思ってる。模擬戦のあとだけでもいい。蓮を少しでも安全な場所に置いてやりたいんだ」

 その声には、淡々としながらも確かな熱がこもっていた。

 レイラはしばらくリオンの瞳を見つめ、それからふと目を細めて小さく笑う。


 「……昔を思い出すな」

 「え?」

 「リオンくんが学園にいた頃の話だよ。貴族の横暴がひどくてね。正面からは勝てないと気づいた連中が、裏でこそこそ動き始めた頃……あのとき、私が生徒会長として君を保護しただろう?」

 「そうだね。君が突然、僕に決闘を挑んできて、ぼこぼこにされたときは、さすがに観念したよ」

 リオンは苦笑しながら肩をすくめてみせる。

 「学園の決闘ルールじゃ、勝った側は相手にどんな命令でもできる。僕もそれまで、負けた貴族にいろんな屈辱的な命令をしてきたから……今度は自分がやられる番だって、覚悟してた」

 そこでひと呼吸置き、懐かしむように天井を見上げる。

 「それで、いざ言われた命令が……『生徒会に入れ』だったからね。まさかそんな展開になるとは、夢にも思わなかったよ」

 「し、仕方ないじゃないか!」

 レイラは思わず身を乗り出し、少し顔を赤らめながら声を上げる。

 「リオンくんが平民の生徒たちのために、わざと貴族に目を付けられるように動いていたのは分かってた。本来、それって生徒会の役目だった。でも、私たちの対応が遅れてしまって……。あのときは、本当に悔しかった」

 彼女は目を伏せ、小さく握った拳をテーブルの上に置いたまま、震える指先を見つめる。

 「……普通に勧誘してたって、あの頃の君が素直に生徒会に入るはずがない。だから、あの手しかなかったんだ」

 「分かってるよ。あの頃の僕は、ずいぶん意地を張ってたからね。君のやり方は、君なりの優しさだったんだと、今ではちゃんと分かってる」

 そう言ってリオンは、レイラを真っすぐに見て、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 「だからね、レイラさん。僕も、あのときの君みたいに──蓮を助けてやりたいんだ。そのために、君の力を貸してくれないか?」


 ──数日前。

 模擬戦の開催が発表されるより少し前のこと。

 リオンは学園魔導端末の申請画面に手を伸ばし、「生徒会相談申請」へと必要事項を入力していた。

 (生徒会は、昔から生徒の相談窓口でもあったはずだ。形式上とはいえ、まだそれが生きてるなら……)

 しばらくして、短い返信が届く。

 《申請受理。放課後、生徒会室にて対応可》

 その文面を見たリオンは、無意識に小さくため息をついた。


 (ここへ来るのも、随分と久しぶりだな)

 そして放課後。

 重厚な扉の前に立ったリオンは、ノックを一度だけ叩いた。

 「どうぞ」

 控えめで静かな、柔らかな声が返ってくる。

 「失礼します」

 リオンが扉を開けると、机の奥で書類を手にしていた少女が小さく頷いた。

 (書記……かな?)

 

 リオンはそのまま足を踏み入れ、そして、次の瞬間、思わず目を見開く。

 室内の配置は昔と変わらない。しかし、正面奥に掲げられていた“とんでもないもの”が視界を支配した。

 等身大を優に超える肖像画だ。その人物は燃えるような赤髪、鋭くも慈しみを湛えた眼差し、威厳ある剣の構え。

 肖像画の額縁にはこう書かれている。

 【レイラ・エレオノーラ・フォン・ブライトバーン 第六十二代生徒会長にして、伝説と称された人物】

 (おう……レイラさん……教科書に続き、生徒会でもとんでもない扱いを受けてるんだな……)

 リオンは表情を引きつらせるが、気を取り直して進み出る。


 その中央の席に座っていたのは、メガネをかけた痩身の少年──クラウス=ヴァレンティウス。

 現生徒会長であり、規律と中立を何よりも重んじる堅物として知られる存在だった。

 三年生のAクラスに所属し、その成績と行動規範から学園内でも一目置かれている。

 リオンにとっては、年上で学園内の要職を務める“先輩”だった。

 「一年生、Dクラス所属。リオン・アルスレッドで間違いないな」

 「はい。お時間をいただき、ありがとうございます、クラウス先輩」

 リオンは丁寧に一礼してから、会長の正面、来客用の椅子に腰を下ろし、静かに切り出した。


 「本日は、生徒の相談で参りました。特例入学の一人、蓮という生徒についてです」

 リオンは今の一年生Aクラスの現状、そして蓮が今度の模擬戦に出ること、勝っても負けても彼の立場が悪くなることを簡潔に説明した。

 「ほう。それで我々、生徒会にどうしてほしい」

 「彼の保護をお願いしたいのです」

 「……その理由は?」

 「圧力を受ける可能性が高い。現状のままでは、彼が一方的に晒し者にされ、孤立する危険があると判断しました」

 「だが、それは“君の見解”にすぎない。感情ではなく、確かな証拠が必要だ」


 クラウスは腕を組み、冷たく言い放つ。

 「証拠はあるのか? 書面による報告、目撃証言、当事者の訴え……どれも出されていないようだが」

 「状況証拠だけでは動けないと?」

 「当然だ。生徒会は貴族の味方でも平民の味方でもない。あくまで中立の立場にある。だからこそ、生徒会の判断は学園内で効力を持つ」

 「けれど、中立とは、見て見ぬふりをすることじゃありません」

 リオンは真っ直ぐにクラウスを見た。


 「圧倒的な力を持つ者が、それを利用して弱者を虐げるのなら、そこに介入すべきです。それが秩序というものです」

 「だが、この学園は王立魔法学園だ。ここは己を鍛え、力で道を切り開く場でもある」

 「そうでしょう。でも、鍛える以前に潰される者がいるとしたら? 生徒会はそれを見過ごすのですか?」

 「……それは、当人の強さのうちだ。自らの言葉で助けを求めることも、立場を守る力の一部。お前が動くことで、その生徒の成長の機会を奪ってはいないか?」

 「ならば、どこまでが“当人の責任”で、どこからが“介入すべき事態”なのか。その線引きは、誰がするんですか」

 「生徒会だ。我々が、学園の中で秩序を保つ存在だ」

 「ならばこそ、秩序を乱す動きに対して、予防的に動くべきです。事が起きてからでは遅い」


 二人の視線がぶつかり、室内に緊張が走った。

 が、クラウスはそのまま目を閉じ、ふっと息を吐いた。

 「お前の主張は理解した。だが、それでも私は、生徒会の中立を崩すわけにはいかない」

 「……承知しました」

 リオンは椅子から立ち上がり、深く一礼する。

 「ご対応、感謝します、クラウス先輩」

 (……やはり、このままでは無理か。なら、別の手段で──)

 リオンは静かに、生徒会室を後にした。

 

 

 


 

 

 

 

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