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定期連絡

 午後の実技訓練が終わったあと、リオンは人気の少ない中庭の片隅に足を運んだ。

 目的は、そこに設置された『通信用水晶端末』を使うためだ。


 魔導端末――いわゆるスマホのような機器――は、日常連絡や課題の提出には便利だが、セキュリティ面で不安がある。魔法による盗聴や情報漏洩のリスクも完全には排除できない。

 その点、この中庭の水晶端末は、箱型の構造で周囲を仕切られており、防音と盗聴防止の魔法的措置も講じられている。

 貴族が多く在籍するこの学園では、センシティブな会話をするためにこうした設備が設置されているのだ。


 リオンは端末に手をかざし、魔力を注ぐと、水晶の中心が淡く光った。

 『接続先を選択してください』

 「蓮、頼む」

 水晶が明るく光り、数秒の沈黙ののち、半透明な映像が空中に浮かび上がった。

 そこには、やや疲れた顔の蓮が映っていた。

 背景には、Aクラス専用通信室と思われる豪奢な室内。防音加工の壁と、高価な机や椅子が目に入る。

 「すまん、待たせたか?」

 『いえ、今来たところです。イヤ、今、来たところだ』

 敬語になりかけた蓮は、すぐにフランクな口調に直す。


 「入学して、だいぶ経ったが……どうだ?」

 『ああ……あんまり、良くないな』

 「よくないとは?」

 『うん……まず、クラスの雰囲気が悪い。』

 蓮の口調は重かった。


 『Aクラスは、上級貴族が7割くらいで、残りは俺たち平民で占められている。表向きは笑顔でも、裏では見下されてるのが分かる。特に“勇者派閥”の連中がひどい。教官や上級生にも顔が利くらしくて、やりたい放題だ』

 「……そうか」

 Dクラスには、下級貴族や平民が多く、和気あいあいとした雰囲気があった。

 セレナのような例外もいたが、Aクラスとは根本的に空気が違う。

 (昔、僕がいたときの学園に近いな……)

 リオンは苦い思いを噛みしめる。


 『裏で見下されているくらいならまだいいんだ。問題は、決闘システムさ』

 「決闘システム……?」

 リオンが眉をひそめる。

 決闘システム――それは学園内で正式に認められている競技制度で、個人戦や団体戦を通じて実力を示し、クラスの待遇や施設の一部をかけて競うもの。

 本来はフェアなルールのもとで互いを高め合うことを目的として導入された制度だったはず。


 『けど、Aクラスはもう上限ギリギリの待遇を受けてる。新しい施設や権利なんて、もう必要ない。だから、決闘は単なる“見せしめ”に使われてる。平民の生徒に一方的に決闘を申し込んで、実戦形式でいたぶる。授業という建前で、ね』

 「……ふざけてるな」

 リオンの声に、怒気が滲む。


 『……でも、正直それだけなら、俺たちだって負けるつもりはなかった』

 「ほう?」

 『Aクラスに選ばれてる以上、平民だってみんな相応の実力はあるんだ。剣術道場で腕を磨いてきた奴もいれば、街の冒険者ギルドに顔を出していた奴もいる。』

 『もともとは、そういう連中が貴族に勝つことも珍しくなかった』

 「なら、なぜ今は勝てない?」

 蓮の声が一瞬、低くなる。


 『……貴族たちの“伸び”が明らかにおかしいんだ』

 「伸び?」

 『入学直後には、平民と貴族でそこまで差はなかった。けど、ここ最近、あいつらの力の上がり方が異常すぎる。まるで、最初から完成された技能を“思い出してる”みたいに、戦い方も魔法も急に洗練されてくる』

 『俺たちが半年かけて身につけることを、数日で追い抜かれてる感じだ』

 「……まさか」

 リオンの頭をよぎる、嫌な予感。

 『誰かが……外から、何かを流してる可能性がある』

 『魔導具か、薬か、スキル付与か……もしくは――』

 蓮は言葉を濁したが、互いに察するものがあった。

 (これはただのクラス内のいざこざじゃない。裏で、もっと大きな意図が動いてる)


 『だからさ――止めなきゃって思ったんだよ』

 蓮は少し目を伏せながら言った。

 『最近じゃ、決闘の申し込みもエスカレートしてきてる。最初は軽い模擬戦程度だったのが、最近は明らかに“見せしめ”目的でやってる。相手が回復魔法を使えないことをわかった上で、わざと手加減せずに叩き潰す。』

 『下手すりゃ後遺症が残るような攻撃を平然とやってのける奴もいる。しかも教官はそれを止めない……むしろ黙認してる。』

 「……最低だな」

 リオンの声が、わずかに低くなる。

 『だから、俺が止めに入った。平民側の中心って、自然と俺だったからな。……勇者候補だからってのは、もちろん言ってないけど』

 蓮は苦笑する。

 

 『そしたらさ、“じゃあ証明してみろ”って言われたんだ。“平民が本当に俺たちと対等だって言うなら、次の模擬戦で上級生に勝ってみせろ”って、そしたら、これ以上、平民に決闘は挑まないってさ』

 「模擬戦……?」

 『ああ。毎年この時期に行われる、三年生と一年生の慣例行事。普通は三年生が手加減して、怪我のないように形式だけの試合をやるんだけど……』

 蓮の声がわずかに低くなる。

 『今回は違う。向こうは“本気”で潰しにくるつもりだ。俺がここで勝たなきゃ、平民はますます笑い者になる』

 「その模擬戦の相手は?」

 『勇者派閥の上級生連中だ。こっちに選ぶ権利はなかった』

 「……相変わらず、卑劣なやり方だ」

 『でも、負けられない。俺が負けたら、今以上に“平民いじめ”がエスカレートする。それに、他の連中が俺を見てる。……俺が倒れるわけにはいかないんだ』

 リオンは水晶端末越しに、しばらく蓮の目を見ていた。

 その表情に、不安も焦りもあったが――それ以上に、強い意志が宿っていた。

 (昔の自分に……少し似ているな)

 自嘲気味に口元を緩める。

 「わかった。……戦うなら、全力で勝て」

 『ああ、もちろん』

 蓮は力強く頷いた。


 そして、ふと気まずそうに表情を曇らせたかと思うと

 『あ、そういえば……これは全然関係ないんだけどさ』

 「ん?」

 『これ、何?』

 蓮がスマホの画面をこちらに向ける。そこに映っていたのは――

 《我が内なる魔力よ~この手に宿りし力よ~》

 リオンの詠唱魔法の様子を切り取った動画だった。


 「……っ!? それ、どこで手に入れた」

 『今朝から女子たちが盛り上がっててさ。SNSで拡散されてた。“可愛い!”とか“尊い!”とか、“うたみたい!”とかのタグ付きで……』

 「SNSって……まあ、名前くらいは聞いたことがあったけど、まさかこんな一晩で学園中に広まるとは……」

 『魔導ネットワークってやつらしいね。俺の世界でも似たようなのあるけど、スマホで動画とか画像を共有できて、誰でも見れるから、すぐ広まるんだ』

 「……勘弁してくれ……」

 リオンは額を押さえる。


 「待てよ、誰でも……ってことは、それ……」

 『多分、BクラスにもCクラスにも、この再生数だと上の学年にも出回ってると思う。バズってるからな、これ』

 「…………」

 (……やばい。リリーも見てる……絶対見てる……)

 リオンはこの世の終わりみたいな顔をして、そっと頭を抱えた。


 

 

 

 

 

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