詠唱魔法
魔法実施訓練初日の翌朝、登校中の廊下にて。
「よお、詠唱くん! 今日も頼むぜ、『我が内なる魔力』ってやつ!」
「俺、『この手に宿りし力』の方が好きだなー!」
「詠唱、詠唱~! おはよーっ!」
リオンは俯きながら、静かにため息をつく。
(……なぜ三十路を過ぎた僕が、十代の学生に朝からネタにされねばならないのか)
彼の“詠唱魔法”は、今やクラス内で定番いじりになりつつあった。
教室、自席にて
「はぁ……」
盛大なため息をつくと、前の席のカイルが声をかけてくる。
「……大変だね、リオンくん」
「なあ、カイル。やっぱり……詠唱魔法って、変に見えるか?」
リオンの問いに、カイルは少し言葉を選びながら答える。
「う、うん。なんというか……ちょっと不思議な感じはするよ。でも、その……おじいさんから教わったんだよね? 昔はそれが普通だったって聞くし、しょうがないと思うよ」
優しくフォローしてくれるカイルに、リオンは微かに表情を和らげる。
そう、設定上は『故郷の変わり者の爺さん』に教わった、ということになっている。便利だな、故郷の変わり者の爺さん。
学園生活が始まってしばらく。
午前中は座学、午後は実技――そんな一日の流れが、次第にクラス内にも定着しつつあった。
この日も午前中、教室では魔法理論の授業が行われていた。
教壇に立つのは、小柄で童顔、大きな瞳が特徴の女性教師――ユノ・リーヴェルト先生。
ふわっとしたミルクティー色の髪をゆるくまとめたお団子ヘア(シニヨン)にし、頬の横にはふんわりと後れ毛が垂れている。
声も柔らかく、どこか眠たげな語り口だが、生徒への視線は意外と鋭い。
「はーい、みなさーん、ちゃんと起きてますか〜? 今日はですね〜、『現代魔法における詠唱式の変遷』についてお話ししまーす♪」
その可愛らしい声と、ほんわかした雰囲気とは裏腹に、授業内容はしっかりと理論に基づいて進められていく。
「昔の魔法というのはですね〜、『詠唱』が必須だったんですよ〜。魔力を言葉と意思で形にして、魔法式を発動させていたのです〜」
教室前方の魔導板に、『旧詠唱式:意識→言語媒介→術式発動』という図が描かれる。
「でもでも、今は『自動詠唱式』の時代〜♪ 魔導杖の中に術式が最初から組み込まれてるから、詠唱なんてしなくても魔法が使えちゃうんですね〜!」
「最初にお渡しした詠唱の教本は、『あくまで理論参考』です。使いこなす必要は、実はあまりないんですよぉ〜♪」
その瞬間、クラス内でクスクスと笑い声が漏れた。
何人かの視線が、リオンの方をちらちらと向ける。
(……ちょっと待て。それを先に言っておいてくれ……!)
リオンは机に肘をついて、静かに額を押さえた。
「はーい、そこ、笑わなーい! 詠唱だって、ちゃんと意味があるんですからねっ♪」
ユノ先生が、優しい笑顔のままピシッと注意する。
「それに、詠唱にはその人の“魔力の癖”や『思考の流れ』がよく出るので、魔法心理学の分野では、今も研究対象になってるんですよ〜?」
(それを聞くと……ちょっとだけ、報われた気がするな)
「さてさて、現代魔法の話に戻りますよ〜」
魔導板には、「現代式:魔導杖+選抜魔法」と書かれている。
「今はですね〜、『初級・中級・上級』に区分された『選抜魔法』を学ぶスタイルになってます〜。軍でも冒険者ギルドでも、その方が全体の習熟度が高くなるってことで、すっごく評価されてるんですよ〜!」
「そのかわり……ちょ〜っとだけ、『魔法の個性』や『多様性』は、昔より失われつつあるって言われてるんですね〜」
その言葉に、リオンはふと遠い目をした。
(昔の自由で型にとらわれない魔法にも、良さがあったんだけどな)
ユノ先生の講義を聞きながら、リオンはそんなことを思い返していた。
午後、実技訓練の時間。
魔法実施訓練の場は、いつもどおり訓練場へと移った――が、陽翔の姿が見えない。
「ハルトはどうした?」とリオンが尋ねると、ユリウスは嬉々として答える。
「ああ、あいつ? 今日から“地獄の再教育コース”だよ。グレンツ教官のマンツーマンな!」
(……それはまた、合掌)
仕方なく、リオンはカイルとペアを組み、自動詠唱の魔導杖を手に取った。
課題となっている初級魔法の反復練習に取り組む。
火、水、風、土――さらに光と闇まで。
すべての属性で、リオンは魔法を的の中心に正確に命中させ、訓練場にはどよめきが広がる。
「す、すごいね……!」
カイルがぽつりと感嘆の声を漏らす。
「たいしたことじゃないよ」
と、リオンは軽く返しつつも内心では思う。
(まあ、これで少しは『詠唱くん』のいじりも減ればいいんだけどな)
訓練が一段落した頃、リオンとカイルの元に数人の女子生徒が近づいてきた。
その中でひときわ目立つ少女――光声者〈ルミネス〉として有名なリーナが、リオンたちに声をかける。
「リオンくーん、訓練中ゴメンね? ちょっと、いい?」
突然の声に振り向くと、リーナが手を振りながら近づいてくる。後ろには何人かの女子生徒もついていた。
「リ、リーナさん……!」
カイルがガチガチに緊張しながら固まる。。
「カイルくん、ちょっとリオンくん借りるけど、いい?」
「ハ、ハイッ! どうぞっ!」
勢いよく頷くカイル。その直後、ぽつりと小さく呟く。
「……リーナさんが、僕の名前……覚えてくれてた……」
そのつぶやきがリオンの耳にも届き、思わず視線を送る。
(……そういえば、こいつ、リーナのファンだって言ってたな)
「昨日の詠唱魔法さ、あれ、もう一回見せてくんない?」
「……おいおい、勘弁してくれよ。朝から男子にもいじられたばっかなんだ。君らまでか?」
リオンはうんざりした表情で断ろうとするが――
「ちょっと待って! ウチたち別に、からかおうってわけじゃないよ! ガチで、もう一回見たいだけ!」
リーナが真剣な目で食い下がる。その後ろの女子たちも、同じような眼差しでこちらを見つめていた。
(……からかってる感じじゃないな)
「……わかった。じゃあ、ちょっとだけな」
昨日散々笑われたこともあるし、今さら恥ずかしがっても仕方がないと、リオンは覚悟を決めて杖を構える。
「我が内なる魔力よ、熱を帯び、形を成せ。この手に宿りし力よ、敵を焼き払う焔となれ――《火球》!」
詠唱とともに、杖の先端に魔力が集まり、火球が放たれ、見事に的のど真ん中に命中する。
「……これで満足か? いったい、これの何が――」
「キャー!! 可愛いーっ!!」
「なにあれ、めっちゃカッコイイんだけど!!」
「詠唱、綺麗すぎて鳥肌たった!詩みたいだったよ!」
「はっ……!?」
突然の黄色い歓声に、リオンは面食らい、完全にペースを崩される。
「ねぇねぇ、他の属性もできんの? 動画撮っていい?」
勢いよく身を乗り出してきたリーナに、リオンは一瞬きょとんとする。
「ど、動画?」
「魔導ネットワーク用のさ! ちゃんと映えるように撮るから!」
「あ、ああ……まぁ、別に構わないけど……」
(魔導ネット?SNS的なやつだっけ? まあ、たいしたことにはならないだろ)
リオンは勢いに押される形で、よく分からないまま了承してしまった。
とりあえず、リクエスト通り属性も詠唱を開始する。
「空を駆ける風よ、我が意思に応えよ。鋭き刃と化し、すべてを切り裂け――《風刃》!」
「「「きゃー!!カッコイイ!!」」」
「大地の力よ、眠れる剛槍を目覚めさせよ。我が敵を貫く、岩の矛となれ――《土槍》!」
「「「「きゃー!!可愛い!!!」」」」
「流れし水よ、澄みし心を映せ。清き奔流となりて、すべてを洗い流せ――《水流》!」
「「「「きゃー!!尊い!!!」」」
(詠唱魔法に可愛いもかっこいいもないんだが……)
いったい何がどうウケているのか、リオンにはまったく理解できなかった。
(これが、世代間ギャップってやつか?)
リーナたちの黄色い声援が一段落した頃、突然、背後からテンション高めの声が割って入った。
「ふふふ……そうか、そうか! お前たちにとって詠唱魔法は新鮮なものだもんな! それじゃあ、先生のも見せてやろう!」
リオンと女子たちの輪に、教官のユリウスが颯爽と割り込んできた。
「リオンの詠唱魔法、確かに悪くない! だがな、本当の“魅せる詠唱”ってのは、こうやるんだぜ!」
決め台詞のように言い放つと、ユリウスは杖を構え、やたらキザったらしく前髪をかき上げた。
「漆黒を裂くは天の咆哮……雷帝の怒りよ、我が声に応え、天より奔れ――《雷撃》!」
詠唱と同時に、空気がピリリと震えた。
放たれた雷撃は真っすぐに飛び、見事に的の中心を貫く。
――しかし、その完璧な命中とは裏腹に、周囲の空気は妙に静まり返った。
「……」
「……今の、なに?」
「リオンくんはいいけど、先生がやると……なんか、ね……」
「うん、ちょっと……」
ひそひそと交わされる女子たちの声が、じわじわと場に染み込んでいく。
「ん? あれ? お、おかしいな……? これ女子に受ける、鉄板の“王子様スタイル詠唱”だったはず……」
明らかに動揺するユリウスに、リオンは肩をすくめ、周囲に聞こえないよう小声で囁いた。
「お前の格好つけた詠唱魔法、当時から女子にはウケなかったぞ。というか……昔より悪化してないか?」
「なっ……! そ、そんなはずは……!」
そこへ追い打ちのように、リーナがサラッととどめを刺す。
「先生さあ、勘違いしてるみたいだけど、詠唱魔法なら何でもいいわけじゃないからね! リオンくんみたいな可愛い子がやるから“エモい”んであって、おじさんがやっても……ただただ痛いだけだよ!」
「そ、そんな……」
リオンの真実の指摘と、リーナのダメ出しがクリティカルヒット。
ユリウスはがっくりと膝をついた。




