魔力制御訓練 その2
そして、リオンの番が回ってきた。
「お、次リオンか。頑張れー!」
誰かが軽く声をかける中、リオンは「さて」と小さく呟いて台座の前に立つ。
魔導結晶に手をかざす。
魔力を緩やかに流し込むと、魔導モニターに青白い波形がふわりと浮かび上がった。
(……面白いな)
リオンは、波形を眺めながら軽く意識を集中する。
魔力を整えると、波はすうっと落ち着き、一本の線に近づいていった。
試しに意識をわずかに緩めると、波形は再び不安定に揺れた。
(……なるほど。これなら、魔力の揺らぎが視覚的に認識できる。昔の“感覚頼み”の訓練より、遥かに効率がいい。魔法の発動における基礎中の基礎……それをこうやって数値化して体得させるのか)
合理的な訓練装置に、リオンは内心で静かに感心していた。
(よし――じゃあ、本気でやってみるか)
次の瞬間、リオンの目がわずかに鋭さを帯びる。
魔力を一気に整え、戦場で魔法を発動する時と同じ集中状態に入る。
モニターの波形が――
すうっ……
一本の、ぶれのない直線となる。
そして表示された数値は、
【安定度:99.8%】
その数値が浮かび上がった瞬間、演習場にざわめきが走った。
「……え、なに今の……」
「見間違い……じゃないよな?」
「99!? 生徒で? いや、てか人間でいけるの……?」
モニターに数字が表示されたまま、周囲の生徒たちがざわざわと騒ぎ始める。
その場の空気が、明らかに変わった。
「……おい、制御装置。壊れてねぇだろうな」
グレンツ教官が訓練用端末に駆け寄り、慣れた手つきで機器の設定と接続値を確認する。
「……いや、異常なし。……マジか」
グレンツが一歩、リオンの前に出た。
「リオン・アルスレッド。……お前、どこでそんな訓練を受けた」
真っ直ぐな眼差しで問いかける。
「……いや、血はつながってないんですけど、村の近所に住んでた、少し変わったお爺さんにちょっと、教わっただけです。名前も素性も、結局最後までよく分かりませんでしたけど……」
(とりあえず、そういう事にしておこう)
「いやいや、ちょっとで済む数値じゃないぞ!」
(しまった……ちょっとやりすぎた)
自分でもそう思うほどの集中状態だった。
最小単位での魔力制御は、体に染み付いている。
ただ、それを可視化された波形で見せただけのことだった――が、それが普通ではなかった。
グレンツはしばらく黙った後、目を見開いて叫んだ。
「俺の軍隊時代でも、こんな数値見たことねえぞ!? ……マジで何者だ、お前……」
(くそ、完全に目立った……)
リオンは心の中で頭を抱えた。
リオンの次の順番で並んでいた陽翔が悔しそうに歯ぎしりしていた。
「な、なんでだよ……あれ、俺がやりたかったやつじゃん……」
「え? 何を?」とカイルが尋ねると、陽翔は拳を握りしめて叫んだ。
「えっ、俺なんかやっちゃいました?っていう展開だよぉおおおお!!」
「えー……」
陽翔のよく分からない、嫉妬にカイルは呆れる。
「リオン・アルスレッドはお前はもう、訓練不要だ。他の生徒の指導に回れ!」
モニターに表示された【安定度:99.8%】という異次元の数値を見て、リオンの扱いに困ったグレンツ教官が真顔で言い放つ。
「えっ……あ、はい」
リオンはひとまず素直に返事し、列から外れる。
(……いや、指導ってどうすればいいんだ?)
リオンは一瞬だけ眉をひそめたが、とりあえず黙って突っ立っていても仕方ないと判断し、訓練を続けている生徒たちの方へと歩を進めた。
「呼吸が浅いな、焦ると魔力が乱れる。ゆっくり吸って、吐いて」
「え、あ、うん……」
「魔力は結晶の中心に集中させて。そこに“線”を描くイメージで」
言われた通りに試すと、波形がぐっと安定し始める。
「すご……急に安定した!」
「リオンくん、何者……?」
(……やばい、また変に目立った)
リオンは小さくため息をついた。
リオンが他の生徒の指導に回っていると、次に呼ばれたのは陽翔だった。
「ふふ……今度は俺の番か」
陽翔はふんぞり返るようにして結晶の前に立つ。
(俺も決めるぜ……『えっ、俺なんかやっちゃいました?』のターン!)
気合いと妄想をフルチャージし、陽翔は勢いよく魔導結晶に手をかざした。
直後――モニターに表示された波形が、荒れ狂う嵐のように激しく乱れた。
「うおおおおおおおおおお!!」
機械が警告音を鳴らし始め、グレンツ教官が大慌てで制御装置の非常停止ボタンを叩く。
「ストーーップ!!」
「な、なんだよ!?今ので100%くらいいっただろ!?」
「馬鹿野郎!! お前の膨大な魔力そのまま流したら、装置が爆発するだろうが!!」
演習場に響き渡る怒号。陽翔は目を白黒させたまま凍りついた。
「これはなあ『どれだけ魔力を持ってるか』の訓練じゃねぇ! 『どうやって魔力を制御するか』の訓練なんだよ!!」
「だ、だって俺、ドカーンってぶちかましたかったし……」
「そういうのは実戦でやれ!まずは繊細なコントロールからだ!!」
陽翔はしょんぼりと列の後ろに戻るが、その後も――
次の順番でもダメ。
さらに次の順番でもダメ。
他の生徒たちが徐々に安定度60%台、70%台と上達していく中、陽翔だけがまるで進歩しない。
ついに、グレンツ教官が真顔で言い渡す。
「……ハルト、お前は今日、居残り決定だ!」
「えー!そんな!」
「覚悟しろぉおお! お前とはこれからマンツーマン訓練だ!!」
「や、やめて……暑苦しい……!」
「……フッ、よろこべ。俺は“できない奴ほど燃えるタチ”だからな!徹底的に付き合ってやる!!」
「イヤだー!!せ、せめてセクシーなお色気先生となら頑張れるのに……!」
「何を訳の分からんことを言ってるんだ! もう一回最初からだッ!!」
その様子を見ていたリオンは、やや同情のこもった顔で言った。
「……それじゃあ、僕は先に寮に戻ってるから」
「陽翔くん、がんばってね……」
カイルも声をかけてその場を後にする。
陽翔は演習場に一人、叫んだ。
「帰りてぇぇぇぇええええええ!!」
魔力制御訓練が始まってから――すでに一週間が経過していた。
訓練初日からずっと、陽翔は毎日グレンツ教官と居残り。
炎天下の鍛錬でもないのに、なぜか陽翔だけが、毎日ぐったりと消耗して帰ってきていた。
そして、その週の最終日。
夜。寮の部屋――
「……た、ただいまぁ……」
ドアを開けた陽翔は、脱力したようにその場に崩れ落ちた。
そのまま床にぺたんと座り込み、天を仰ぐ。魂が抜けたような顔。
「おかえり」
ベッドに腰掛けていたリオンが、静かに声をかける。
「……どうだった?」
「な、なんとか……60%までいった……」
「ギリギリの及第点までは行ったんだね」
カイルが優しく微笑んで補足する。
「よかったじゃないか」
リオンも素直に褒める。
「よくねー!!」
陽翔は勢いよく身を起こして叫ぶ。
「この一週間、ずっとだぞ!? あの熱血筋肉ゴリラとマンツーマン居残りだぞ!? 暑苦しいし、声はでかいし、しかも『あきらめるな!』とか『お前ならできる!』とか、精神論ばっかなんだよ! もっとこう、理論で教えろっての!」
「でも、おかげで制御できるようにはなったんでしょ?」
カイルが苦笑しながら返す。
「そりゃそうだけどさ! せめてさ、教官がセクシーなお姉さまで、優しくて褒めてくれる系だったら! やる気も全然違ったのにぃいい!!」
「……結局そこか」
「相変わらずだね」
リオンとカイルの声が重なる。
その夜も、リオンたちの部屋には、平和な(?)笑いとため息が混ざった空気が流れていた。




