魔法訓練前夜
その後も、数日間は座学中心の授業が続いた。
リオンは興味深そうに授業を受け、カイルは着実に知識を吸収し、陽翔は毎日うんざりした顔でため息をついていた。
そして、週の終わり。
担当教員が教室に現れ、魔導板に手をかざすと、浮かび上がったのは一枚の簡素な告知だった。
『明日より、実技訓練開始』
その瞬間、教室がざわめく。
特に、陽翔は椅子ごと跳ね上がりかけた。
「よっしゃああああああああああ!!」
「……お前、元気だな」
リオンは苦笑しつつ、カイルと顔を見合わせる。
「ついにだね……」
カイルもやや緊張した顔で呟いた。
その夜。
寮の共有スペースには、リオンと陽翔、ふたりだけが残っていた。
カイルは趣味の魔道具作業のため、別室にこもっている。
「ふふふふ……」
隣で、陽翔が妙に不気味な笑みを浮かべている。
「……なにニヤついてんだよ」
リオンが怪訝そうに尋ねると、陽翔は嬉しそうに胸を張った。
「決まってんだろ! 明日は俺の魔法でみんなをびっくりさせてやるんだ!」
「びっくり、ねぇ……」
「そして言ってやるんだ! 『あれ?俺、なんかやっちゃいました?』ってなぁ!!」
陽翔は拳を握り締め、勝手に盛り上がっていた。
リオンは苦笑しつつ、小さな袋から一冊の教本を取り出す。
表紙には『基礎詠唱魔法集(参考資料)』と書かれていた。
最初の登校日に配られたものだ。
「だったら、これをちゃんと読んでおけ。今夜のうちに、最低限、初級魔法の詠唱くらいは暗記しといたほうがいい」
「えぇ……」
陽翔は嫌そうに顔をしかめる。
手にした教本は分厚く、開くと古い文体でぎっしりと呪文が並んでいる。
「明日、実技訓練が始まったら、きっと最初は詠唱からやるはずだ。ろくに覚えてないと、魔法すら発動できないぞ」
リオンは真剣に忠告した。
陽翔は本をパラパラとめくりながら、眉をひそめる。
「うわー……めんどくさ……こんなの、いちいち覚えんの?」
「覚えろ」
リオンは、ぴしゃりと言った。
その声には、いつもの柔らかさがなかった。
「明日、魔法を撃てずに恥をかくのはお前だぞ。撃てなきゃ、どんなに才能があっても、ただの無能だ」
陽翔は一瞬たじろいだが、すぐに誤魔化すように笑った。
「はぁー……ま、まぁ、あとで気が向いたらな!」
陽翔は教本をベッドに放り投げる。
(……言うだけ無駄だったか)
リオンは内心でため息をつき、これ以上は何も言わなかった。
静かな夜が更けていく中――
二人は、それぞれ違った温度のまま、眠りについた。




