近代史の授業
こうして、リオンの二度目の学園生活は本格的に幕を開けた。
午前中の授業を終え、最初の休み時間。
リオンたちは教室の窓際に集まっていた。
「はぁ~……やっと休憩だ……」
陽翔が背もたれにだらしなく寄りかかりながら、盛大に伸びをする。
「なぁリオン、正直なところ、どうよ? 今朝の魔法理論の授業とか」
「面白かった」
リオンは即答した。
「……マジかよ」
陽翔は呆れたように顔をしかめる。
「俺はさぁ、もっとこう……ドーン!ババーン!って派手な魔法をぶちかましたいんだよ!細かい理屈とか、演算がどうとか、ぶっちゃけどうでもよくね!?」
リオンは苦笑しながら肩をすくめた。
「理屈を知っていれば、より大きな魔法も、無駄なく確実に撃てるようになるんだよ」
「うっ……」
陽翔は一瞬口をつぐんだが、すぐに「でも面倒くさいもんは面倒くさい!」と開き直った。
一方、カイルは控えめに微笑みながら言った。
「僕は、まあまあ得意かな……。魔道具をいじるのが趣味だから、理論を知ってると応用できるし」
「なるほどな」
リオンは素直に感心した。
そしてカイルもまた、ちらりとリオンを見て、不思議そうに首をかしげた。
「でも、リオンくん、なんかすごく楽しそうだったね」
「まあな、カイルは楽しくと思わないのか?」
「僕は、魔道具制作に役には立つとは思うけど、楽しいかと聞かれたら、そこまでではないかな?多分、みんなも同じような感じじゃない?」
カイルに言われ、教室にいるクラスメートたちを見渡してみると、確かに皆一様にどこかけだるそうな雰囲気を醸し出していた。
(そうか……まあ、確かに若い子たちとっては、あまり楽しいものではないか、僕も若い頃はそうだったしな)
目の前の知識より、力を手に入れることばかりを焦っていた時代、リオンはふとそんなことを思い出す。
休み時間が終わり、次の授業へ。
リオンは淡々と授業を受けながらも、内心で驚いていた。
(面白い……)
魔法制御学。魔道演習概論。魔力応用基礎。
どの授業も、興味をそそられ、知識が積み重なる感覚が心地よかった。
だが――
午後最後の授業、歴史学だけは、違った。
歴史の教科書をめくると、冒頭に大きく掲載された一枚の写真が目に入る。
燃え上がるような赤髪に、軍装を纏い、凛とした瞳で剣を携えた一人の女性
(……おう、レイラさん)
リオンは苦笑する。まさか、自分の妻を歴史の教科書で学ぶ日が来るとは、夢にも思っていなかった。教科書にはこう記されている。
魔契戦争で最後まで戦い抜いた英雄。紅蓮の覇王姫、その戦いの女神とも称される姿は、王国の誇りである、と。
(イヤ……間違ってないんだが、英雄譚じゃないんだから……)
だが、問題はそこではなかった。
他にも、魔契戦争に参加し王国の英雄とされる、貴族たちが続々と出てくるのだ。
その記述にリオンは眉をひそめる。
要約すると、『魔契戦争において、召喚された現代の勇者たちと、勇者の子孫たる貴族――すなわち勇者派閥の家系――が手を取り合い、世界を救った。彼らの持つスキルは、女神から授けられたギフトであり、血によって受け継がれた神聖な力である』
(まるで絵空事のような記述だな……)
リオンが知っている現実とは、あまりにもかけ離れている。
そもそも、勇者派閥の家系が勇者の子孫などといつからそんな事実が出来たのか。
少なくともリオンが昔、学園に通っていた歴史の教科書にはそんなことは載っていなかった。
リオンは教科書をそっと伏せ、静かに目を閉じた。
魔契戦争が始まった時、確かに当初は生まれ持った魔法の才やスキル持ちの家系の貴族たちは、戦場で一定の成果を出した。しかし、それは公国が封印されていた邪神が解き放ち、その影響で魔族や魔物がさらに強大化した前までの話だ。
強大化した魔族たちが操る異形の軍勢に対して、彼らの持つスキルや魔法はほとんど通じなかった。
だからこそ、異世界から新たな勇者を召喚するしかなかった。
――勝てなかったから、呼んだ。それが現実だった。
その後、勇者派閥にいる貴族どもは撤退、残されたのは、レイラさんの家系――ブライトバーン家を筆頭に、数少ない貴族と、リオンのような平民上がりの兵士たちのみだった
そして、撤退した現勇者派閥の貴族が異世界からの勇者を引き連れ、命を削るようにして、ようやく公国に勝利したというのが真実だ。
あの戦争で、異世界からの勇者が来るまで、時間稼ぎをした血まみれになりながら戦った者たちは、称賛されることもなく、ただ静かに姿を消していった。
召喚された異世界の戦士たちは、確かに戦った。
命を懸け、血を流し、王国を守った。
だが――
戦争が終わると、彼らは変わった。
戦功を掲げて爵位を得、貴族として権力を手に入れ、
やがて「勇者派閥」と呼ばれる新たな勢力を作り上げた。
名誉のためでも、国のためでもない。
最後には、自分たちの地位と利益のために動いた。
それが真実だった。
にもかかわらず、教科書では、
「勇者の子孫たち」と「現代の勇者」が手を取り合い、世界を救った――
そんな都合のいい英雄譚に書き換えられている。
リオンは静かに、心の中で吐き捨てた。
(……どこまで自分たちを美化すれば気が済むんだか)
リオンは黒板に目をやりながら、心の中でふと苦笑する。
(どこが、学園は中立なんですか、ヘルマン先生……)
教科書に描かれる、勇者派閥を称えるような歴史。
貴族の血筋を神聖視し、女神の加護だと謳い上げる物語。
(これじゃ、ただの権力のプロパガンダじゃないか)
それでも誰も疑問を抱かない。
教師たちも、生徒たちも、それが「当たり前」の顔をして受け入れている。
リオンは、ため息をつきたくなる衝動を押し殺した。
(――まあ、今さら期待なんてしてないけどな)




