リオン家の食卓
レイラからの情熱的な出迎えが終わり、彼女も満足したのか、ようやくリオンを解放する。
「ふぅ……」
息を整えながら、リオンは肩を回した。
「さて、夕飯を作るか」
そう呟き、リオンはキッチンへ向かう。
レイラは王国第一騎士として日々多忙を極め、遠征で家を空けることも多い。
そのため、リオン家では、家事全般はリオンが取り仕切っていた。
夕食が完成し、リオンとレイラ、リリーの三人が食卓に着いた。
しかし、会話はほとんどない。リリーは思春期の真っ只中で、反抗的な態度を取ることが増えた。以前のように家族で賑やかに話すことも少なくなり、今では食事中の静寂が当たり前になっている。
静かな食卓にスープをすくう音だけが響く。リオンは娘のリリーに視線を向け、会話の糸口を探す。
「そういえば、卒業まであと少しだな。進学の準備は順調か?」
「……普通」
「ああ、そうか。何かやりたいこととか、考えてるのか?」
「……別に」
「……そうか」
そっけない返事に、リオンは内心ダメージを受ける。しかし、ここで負けるわけにはいかない。
「最近、何か面白いことは――」
「キモい」
「えっ?」
不意打ちの一撃。リオンはフォークを持った手を止め、傷ついた表情を浮かべる。
「パパが無理して話しかけてくるの、キモい」
「……」
「リリー!」レイラが娘をたしなめる。しかし、すぐにリオンの方を向くと、「パパのどこが気持ち悪いというんだ!こんなに可愛いのに!」と豪語し、隣に座るリオンをひょいっと持ち上げた。
「やめてください、レイラさん」
「ほら見ろ、この小ささ!この可愛さ!パパの可愛さに気づかないなんて、それでも私の娘か!」
「ちょっと……僕を人形みたいに扱うのはやめてくれ……」されるがままのリオン。
しかし、リリーは憤ったようにスプーンを置き、レイラを睨む。
「父親に可愛さは求めてない!そもそも、小さい男の子が好きなんて、ママ変態なんじゃないの!?」
「ママは変態じゃない!好きになった人がたまたま小さかっただけだ!」
「……」
あまりに意味不明な理論に、リオンは頭を抱える。
「もういい!ママもパパも変態!」
そう叫ぶと、リリーは勢いよく席を立ち、食卓を後にした。
「まて、どうしてそれでパパまで変態になるんだ!?僕は変態じゃない!!」
叫ぶリオンだったが、リリーは相手にせず、そのまま自室へと消えていった。
「はぁ……」リオンは深いため息をつき、うなだれる。
「昔は、パパはお兄ちゃんみたいでカッコイイって言ってくれていたのに……」
リリーがまだ小さい頃は、「お兄ちゃんみたい」となついてくれていた。
しかし、長身のレイラに似たリリーはあっという間にリオンの背丈に追いつき、追い越してしまった。
さらに最近になって、リオンは衝撃的な事実を知った。
リリーは、友達が家に遊びに来るたびに 「弟だよ」「親戚の子が遊びに来てるだけ」 と説明しているらしい。
理由は単純―― 父親が小さいことを知られたくないから。
リオンはショックを受けた。
(リリー……そんなに僕のことを恥ずかしいと思ってるのか……)
そもそも、リリーには自分の要素がほとんどない。
外見はもちろん、性格や振る舞いに至るまで、レイラにそっくりだ。
リオンは改めて思う—— レイラの遺伝子、強すぎないか?
リオンは静かにスプーンを置き、天井を仰ぐ。
この家では彼の尊厳がどこまでも風前の灯だ。
そんな落ち込むリオンの肩に、レイラがぽんっと手を置く。
「大丈夫、リリーもいつかきっと、リオンくんの可愛さに気づくはずさ!」
「……イヤ、別にそれは分かってくれなくてもいいんだよ……」
リオンは呆れたようにレイラを見たが、彼女は真剣そのものだった。
(うん、分かってた。だけど、本当に本気で言ってる……)
妻と娘に振り回される夕飯だった。