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学園生活のはじまり

 入学式の翌朝。

 まだ少し肌寒さの残る春の空気の中、生徒たちは続々と教室へ集まり始めていた。

 Dクラスの教室にも、新入生たちの足音と、ささやき声が徐々に満ちていく。

 そんな中――

 「よっ、みんな! おはよう!」

 勢いよく扉を開けて現れたその男に、教室が一瞬で静まり返った。

 

 「……えっ、誰?」

 「……あれ、ユリウス先生……?」

 目を丸くする生徒たち。

 なにせ、そこに立っていたのは――

 トレードマークだった異様に盛られた青髪は、自然な七三分けに整えられ、シャツの襟はきっちりと寝かされ、ジャケットも無駄な装飾のないシンプルなものに変わっていた。

 「……おお、なんか、まともになってる」

 「先生、普通にオシャレしてる……どうしたの!?」

 生徒たちがざわめく中、ユリウスは胸を張って笑う。

 「俺は変わったんだよ!人は、昨日までの自分を捨てて、新しい自分になれる!」

 どこかで聞いたような決め台詞をドヤ顔で決めるユリウス。


 (……見た目だけとはいえ、一晩でここまで変えたか。その切り替えの早さだけは、ちょっと見習ってもいいかもしれないな)

 横では、陽翔が尊敬の眼差しでうなずいていた。

 「さっすが師匠! 挫けてもすぐ立ち直るその姿勢、俺も見習わないと!」

 リオンは内心でため息をつく。

 「そこだけ見習ってもしょうがないんだがな……」

 元々、顔は悪くない。いや、むしろイケメン寄りの端正な顔立ちだ、一部の女子生徒からは「うそ、ちょっと、かっこいい」などと言う声も聞こえる。

 (これで、中身も変わってくれれば言うことないんだがな)

 

 だが、そんなリオンの心配をよそに――

 ユリウスは女子生徒に向かって軽くウインクしながら、

 「さあ、今日も素敵な一日にしような! ――そこの君、今日も笑顔がまぶしいね☆」

 その瞬間、教室の空気がピキッと固まった。

 女子生徒たちの表情が一瞬で冷え込み、男子の何人かが納得したように小さくうなずいた。

 「……ダメだ、根本は何も変わってない」

 リオンが男子生徒たちの気持ちを代弁する。

 「……まあ、人間ってそうそう変わらないよね」

 カイルは前の席で苦笑いしながら、ぽつりと呟く。

(せっかく見た目を整えたのに、出る言葉がそれかよ……)

 リオンは椅子に座りながら静かに目を閉じた。


 教室には、新たな講師がやってきた。

 整った身なりと鋭い眼差しの、若き研究者風の男。

 「初めまして。今日から魔法理論の授業を担当する、クラウス・リーヴェルトだ」

 声は落ち着いていながらも、よどみなく。クラウスはそのまま魔導板に指をかざし、魔力を流す。

 前方の魔導黒板に、複雑な術式演算と魔力流動の図式が浮かび上がった。

 空中に描かれる数式。関数。術式とマナ流量のグラフ。


 (……なんだ、これは)


 リオンは思わず目を細める。

 自分が学んでいた十五年以上前、魔法はもっと感覚的で、『こうすれば出る』という経験則の積み重ねだった。

 だが、今の授業は違った。

 「まず、魔法とは何か。願いか、祈りか。否――情報処理だ」

 クラウスは淡々と語る。

 「空気中のマナを感知し、自身の“魔導ゲート”を通して体内に取り込み、『エーテル核』に一時蓄積する。そこから魔力が変換され、「オド」として再構築され、再度ゲートを通って放出される。これが魔法発動の基本構造だ」


 『エーテル核』。リオンはその言葉を心の中で繰り返す。

 昔はそれを『魔力の器』と呼んでいたが、それは単なる比喩だった。

 (今は、器の内部構造すら理論化されているのか)

 「魔法とは、Input(入力)→Process(演算)→Output(出力)で構成される。これを式に落とし込み、最適化するのが現代魔導演算式。つまり魔法は、組まれた「コード』だ」


 クラウスの指が宙に走り、詠唱魔法の例が浮かび上がる。

 「詠唱はコード。魔法陣はライブラリ。魔導具に組み込まれた術式はサブルーチン。つまり、再利用可能な処理構文というわけだ」

 (……魔法理論、ここまで進化してるのか)

 若い頃、リオンは「強くなるため」に知識を詰め込んだ。

 ただ勝つために、必要な情報を片っ端から頭に叩き込んだ。

 だが今――それとはまるで違う動機が自分の中にあることに、ふと気づく。

 (面白い……)

 理屈が繋がるたび、脳が心地よく震える。

 「知ること」そのものが、こんなにも楽しかったのかと、今さらのように思う。

 (昔は、焦ってた。周りを見返すために、強くならなきゃって……)

 (でも今は――純粋に、知識って面白い)


 その感覚は、あまりにも新鮮だった。

 二度目の学園生活。

 その価値を、ようやく実感として噛みしめることができた。


 「余談だが、マナに意思がある、などと語る者もいる。だがそれは宗教的妄想だ。マナは粒子であり現象だ。精神などに共鳴する性質はない」

 クラウスの言葉に、生徒たちは誰も反論しなかった。

 だがリオンだけは、目を細めて考える。

 (……本当にそうか? マナには、確かに応える時がある。願いに、想いに、応じるように……)

 だがそれを口にするのは、今では『旧時代的な迷信』と切り捨てられるだけだろう。

 リオンは黙って視線を黒板に戻したのだった。

 

 

 

 

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