Dクラス自己紹介
入学式が無事閉幕し、講堂内はざわざわとした動きに包まれ始める。
壇上にいた教員たちが、各クラスごとに生徒を呼び出していた。
「Dクラス、こっちに集まって~」
耳に入ってきた声のほうに顔を向けると、
手を振りながら満面の笑みで立っていたのは――
「よっ!新入生の諸君!今日から君たちの担任になるユリウス先生だ!愛と青春の伝道師、よろしくなっ!」
その軽すぎる挨拶に、生徒たちの間に一瞬の沈黙が走る。
(担任教師こいつなのかよ……いい加減、もう顔も見飽きたんだが……)
リオンは無言でため息をついた。
そんな中、隣にいた陽翔が手を上げて、元気よく叫んだ。
「おあっ! 師匠が担任なんですね!」
ユリウスは陽翔を見つけてニカッと笑い、指をピンと立てる。
「おうよ! ただな、みんながいるときは“先生”って言おうな! 師匠はプライベートで頼む!」
「は、はいっ! 了解です、先生!」
陽翔がいちいち素直なのが、逆に痛々しい。
カイルは後ろで、そっとリオンに耳打ちする。
「……な、なんか、こう……賑やかな先生だね」
「無理するな、素直にうるさいと言えばいい」
「あ、あはははは……」
カイルは苦笑いを浮かべる。
移動中もユリウスのテンションは下がらない。
「ここが廊下!ここが階段!そこの君、落ちるなよ! そこの君、顔が暗いぞ!笑顔!学園生活は笑顔が大事!」
「うるせえ……」
リオンは思わずぼそりとつぶやいた。
それと同時に、ふと気づく。
先ほどからユリウスに声をかけられているのは――すべて女子生徒だけだった。
しかも、声のトーンが微妙に柔らかく、口調にも妙な甘さが混ざっている。
それを聞いていた男子生徒たちは、こぞって無言になった。
リオンは横目でその様子を見ながら、ため息をひとつ。
(……明らかに女子にしか気を配ってないな。男子にも少しは目を向けてやれよ、教師なんだから)
そんな疑念を抱いている横で、陽翔がうなずきながら感心していた。
「……なるほどな。笑顔を忘れず、まずは女子に優しく。やっぱり師匠、モテる人は違うなぁ……」
「……どこを見て、そう思ったんだよ」
Dクラスの教室に到着すると、ユリウスは手を叩いて全員を振り返らせた。
「はいはーい!じゃあ、座席はもう名前が出てるから、好きなように座ってね~。
あ、えっと……そこの君、女子のほう!寒くない? 陽射し、ちょっと当たってるかもだけど大丈夫? うんうん、無理しないでね」
その声は、明らかに今までのトーンより一段階柔らかくなっていた。
その直後――
「で、そこの男子、なんだその顔。文句あんのか?あ?はよ、座れ。」
言われた男子生徒は目を丸くして座り、周囲の生徒も思わずざわつく。
「……あの、先生って女子と男子でテンション違いません?」
「え?いやいやいや!そ、そんなことはないぞ!誤解誤解!全員平等、なんたって先生は、愛と青春の伝道師だよ!」
全然平等じゃない。むしろ露骨だった。
教室の女子たちもすでに若干引いており、
「なにあの先生……距離感バグってない?」と、小声でささやいている。
そんな中、陽翔は感心したように呟いた。
「なるほどな……女子へさりげない気づかい、これがハーレムの作り方か……!」
「いや、どこがだよ」
リオンが即座に突っ込む。
「むしろ“ああなっちゃいけない”の見本だろ、あれは」
「でも、先生モテそうだったぜ?」
「……お前、現実ちゃんと見ろ」
一通りのざわめきが落ち着いたところで、ユリウスが教壇に立ち、教室を見渡した。
「よーし、それじゃあ改めて――まず自己紹介といこうか!まずは先生から!」
ピシッと胸を張って、まるで貴族の舞踏会での名乗りのように、右手を胸に当てる。
「先生の名前は――ユリウス・フォン・バルムンク! 子爵家の三男坊だ!」
“なんで貴族階級をアピールした?”という視線が生徒たちの中を流れるが、ユリウスは気づかない。
「貴族っていっても気軽に接してくれていいぞ! 先生のモットーは“愛と青春と、身分を超えた平等な師弟関係”だからな!」
(……いや、その発言で平等が遠のいてる気がするけど)
リオンは心の中で静かにツッコミを入れた。
「さて、それじゃあ君たちのことも知りたいし、今からひとりずつ自己紹介してもらうぞ!名前と、得意な魔法とか、好きな食べ物とか、自由にな!堅苦しくなくていいから、リラックスして話してくれ!」
数人の生徒が順番に自己紹介をしていく中で、教室内は少しずつ和やかな雰囲気に包まれていった。
「えっと……ジーク・ハーヴェル。風魔法が得意です。よろしく」
「アイラ・ミュゼットです。火と水、両方の初級魔法を少しだけ……」
ごく普通の自己紹介もあれば中には――
漆黒の長髪をなびかせた少女だった。
片目には眼帯をつけて制服の袖もやや長めに折り返され、どこか芝居がかった雰囲気を漂わせている。
「――我が名はセレナ・ノワールヴェイル……漆黒に呑まれし血の盟約者なり」
突然そんな名乗りを始めた少女がいた。声には無駄に迫力があり、指先をスッと前に突き出すポーズまで決めている。
教室が静まり返り、微妙な空気になる。
「……あ、えっと、よろしくお願いしますわ」
急にトーンが変わり、座る直前にお嬢様口調なる。
(ノワールヴェイル……確か、闇魔法の名門の家系だったな、あの仰々しい自己紹介は、闇魔法をつかさどる家柄のプライドか?……いや、単なる趣味か?)
次に立ち上がったのは、桃色の長いポニーテールを揺らす、活発そうな少女だった。
教室にまだセレナの“仰々しい空気”が残っている中、彼女はひときわ明るい声を響かせた。
「やっほー! リーナですっ! 光魔法が得意でーす! あと、ルミネスやってまーす!」
明るく手を振るその姿に、一瞬教室がぽかんとする――が、すぐにざわめきが広がった。
「えっ、ルミネスって……あの?」
「うそ、本物!? SNSで見たことあるかも……!」
「え、マジ!? ていうか同じクラス!? やばくない!?」
女子も男子も関係なく、どよめきが教室を駆け抜ける。
「ルミナス?」
「えっ?リオンくん、知らないの? 魔導ネットワークで情報を発信して、多くの人に影響を与える人のことだよ」
前に座っていたカイルが、小声で教えてくれる。
「へー、インフルエンサーみたいなもんか?」
「イ、インフル……なんだって?」
今度は後ろの席の陽翔が聞きなれない言葉を口にする。
次に立ち上がったのは、教室の後方――窓際に座っていた、小柄な少女だった。
柔らかそうな茶色の髪は肩の下まで届き、
頭にはピクリと動く小さな犬耳。
瞳はやや釣り目がちで、光の加減で黄金にも見える琥珀色。
制服のスカートの裾からは、ふさふさとした尻尾がわずかに覗いている。
一見すれば、人懐っこい印象すら受ける愛らしい容姿――だが、彼女の立ち居振る舞いには、一切の無駄がなかった。
「……シエラ。戦士。種族は、リュカオン族」
簡潔に、感情を挟まずに、それだけを告げると、静かに席へ戻っていく。
教室の空気が、わずかにざわめいた。
「リュカオン族って、あの戦闘部族……?」
「王国と同盟結んだって聞いてたけど、本当に生徒が来るとは……」
リオンは静かに考える。
(リュカオン族、かつての魔契戦争では、公国側について王国と敵対していた戦闘種族。今では同盟部族になったが、その彼らが、こうして“学ぶために”王国の学園に来るようになったのか、変わったな。)
こうして様々な生徒の自己紹介が進み、リオンと陽翔の番が回ってくる。
リオンが立ち上がると、教室中の視線が一斉に彼へと注がれた。
「リオン・アルスレッドです。魔法も、剣も、それなりに出来ます。よろしく」
淡々と、簡潔にそう言って、リオンは軽く一礼して腰を下ろした。
年端もいかない子どもにしか見えない容姿と金色の髪に、透き通るような肌。
当然のように、視線が集まる。
驚き、戸惑い、興味――そんな混ざり合った空気。
だが
(……この視線、昔とは違うな)
かつての学園生活では、同じように注目されるたびに、心ない言葉や嘲笑が飛んできた。
(好奇心はある。けど、悪意は感じない……)
時代が変わったのか、自分が変わったのか、あるいはその両方か。
教室のあちこちからクスクスとした笑いが漏れた。
「えっ、ちっさ」
「子供?」
「ほら、適性検査の時にもいたあの子よ……」
そんな声にも、特に気にすることもなくなっている自分に気づく。
そして最後に陽翔の順番が回ってきた。
「よっしゃ、きたぁぁ!」
待ってましたとばかりに立ち上がる陽翔。
大きく胸を張り、キラキラした目で教室を見渡した。
「どうもーっ! 陽翔でーす!!」
第一声からすでにテンションが高い。
しかも、どこか聞き覚えのあるノリとポーズ。
「今日からみんなの仲間入り!全適性Sランク!未来の学園最強です!!」
静まり返る教室
誰も何も言わない。
誰も笑わない。
ただ、陽翔だけが自分のテンションに酔っていた。
「いやー、これから楽しくやっていこうぜ!特に女の子!俺ってば全適性Sランクで、超絶頼りになるから、いつでも頼りにしていいんだぜ!」
まだ何か続けようとしたところで――
「……もういい、座れ」
リオンが淡々と小声で突っ込んだ。
「イヤ、でも……」
「いいから、座れって言ってんだ」
陽翔はよく分からないまま腰を下ろした。
教室の空気は張りつめたまま沈黙し、リオンが止めた瞬間、ほっと息をつくような空気が流れた。
唯一、ユリウスだけが陽翔に向けて、親指を立てていた。
前の席のカイルが、小さく囁く。
「……あれって……ユリウス先生の影響かな?」
「……だとしたら、被害が広がってるな」
リオンは静かに目を閉じた。
こうして色々とカオスな自己紹介は終わった。




