寮の部屋割り
「まったく……お前はいつもいつも、何か問題を起こさんと気が済まんのか?」
「え~、今回のは僕のせいじゃないですよ。爆発させたの、ハルトですし」
「だが、お前は“あの勇者候補”の監視官だろう?だったら、それは“管理不行き届き”ということになる」
「そんな理屈ありますか!? めちゃくちゃですよ、それ……」
「ともかく。始末書は書いてもらう」
「僕、学生なんですけど……?」
「安心しろ。お前は“学生”でありながら、学校の“特別職員”でもある」
「え、そんなの聞いてないんですけど!? っていうか、それって許されるんですか!?」
「これは、お前が学園を入学する時と同じで“特例中の特例”だ」
「いらん特例だな……」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ。何も」
これ以上何を言っても、お説教が長くなると思ったリオンは余計な反論はやめ、ただ黙って虚空を見つめる。
そうすると、ふとヘルマンの隣に控えているエリシアに目が行く。
いつものように無表情なエリシア、しかし、良く見えれば、その口元はほんのわずかに引きつり、笑いを必死にこらえている。
(えー……何笑ってるんですかエリシアさん……)
「聞いていいるのか!」
「はい!聞いています!」
完全に意識が別の所に行っていたので、ヘルマンの激が飛び、結局その後、1時間ほど説教を聞く羽目になった。
「はー……」
ヘルマンの長い説教がやっと終わり、学園長室を出るとリオンは深いため息をついた。
その直後、リオンの頭にぽんと手が置かれた。
「よしよし、よくがんばりましたね。怒られてる姿、尊かったですよ」
「何を言ってるんですか……エリシアさん……」
ジト目で睨むリオンに、エリシアはさらっと答える。
「すみません、つい本音が……」
ほんのりと頬を染めて微笑むエリシア。
「……なんか、女神様やレイラさんと……同じニオイがするな……」
リオンの中で、微かな危機感が灯る。
「おいおいおい、エリシアさん、俺にも優しくしてくださいよぉぉ!」
突然、後ろからやかましい声が聞こえる。確認するまでもないユリウスだ。
「俺もあの後、魔力量測定器の残骸の撤去作業とか色々と大変だったんですよ~」
「そうですか。それはご苦労様です。それでは、私はこれで……」
エリシアはいつもの無表情に戻り、塩対応ですっと身を翻して去っていく。
「えっ、ちょ、ちょっと待って!? 今の俺のアピール、無視!?」
「……気づけよ、お前が“無理”って顔されてたぞ」
冷たく言い放つリオンに、ユリウスは項垂れた。
そこに、さらにうるさいのが一人。
「うわー!さっきの人、めっちゃ美人!俺も頭なでなでされて~!」
陽翔が羨ましそうに目を輝かせていた。
「うるせーよ、それよりなんだ二人して何か用か?」
「なんだよその言い方。魔力量測定器の残骸の撤去がやっと終わって、今は適性検査の結果を集計中なんだよ。そのスコアで、仮の寮ランクが決まるってわけ。正式な割り当ては明日の入学式の後に発表されるが、それまでは仮の部屋割りになるんだ。……ってことで、発表までの暇つぶしに寮の施設でも案内してやろうと思ってな」
「寮の施設の案内?」
「そうそう、俺たちが通っていたころとは段違いによくなってるんだぜ」
ユリウスに連れてこられたのは、学園の区画に新たに新設されたアルカンシェル寮という寮棟だった。
「すごいな……今の学生はこんな立派な寮で暮らしているのか……」
石造りの威厳ある外観に、魔導ランタンが灯るアーチ型のエントランス。その上には、装飾された大きな金属製の看板に【アルカンシェル寮】の文字が浮かび上がっていた。
「な、なんだこの外観!城か!?いや、リゾートホテル!?」
陽翔がいつものごとく騒ぐが、気持ちは分かる。とても学生寮とは思えない豪華さである。
「中もすごいぜ」とユリウスが自慢げに扉を開けると、目の前に広がったのは——
吹き抜け構造のホールだった。
見上げれば、天井に“星空のような幻想的な魔導イルミネーション”が映し出されている。
壁に張り巡らされた魔導式照明が昼のように明るく輝き、壁沿いには優雅な螺旋階段が伸びており、さらに近くには魔導式の自動昇降機も新たに設けられていた。
入り口正面には、寮生専用の「魔導情報端末」の受取カウンター(自動配布式)まで設けられている。
「うわぁぁぁあ!すげぇぇぇぇ!ここ住みたいぃぃぃ!!!」
陽翔は感動を雄たけびを上げる。
リオンは、しばらく無言で見渡してから一言。
「すごいな……なんかもう、僕の時代とレベルが違いすぎて、嫉妬すら追いつかない」
「よーし、それじゃあ、Aクラスのフロアから案内するぜ」
ユリウスに連れられてエレベーターで最上階へと上がると、そこは明らかに他とは違う雰囲気だった。
「ここがAクラス専用フロア――いわば“特待生用スイート”ってところだな」
そう言いながらユリウスが自動扉を開くと、室内からはふわりと心地よい香りが漂ってくる。
廊下の床は高級絨毯が敷かれ、壁には魔導ランプが柔らかく灯っている。
部屋ごとに魔導式のロックが施されており、入口のパネルに手をかざすだけで解錠・開閉が可能。
「部屋は全個室、各部屋にバス・トイレ完備。魔導冷暖房、自動洗濯・乾燥ユニット付き。ベッドは魔導式体圧調整マットレスで、最適な睡眠環境が整ってるぜ」
「まるで、高級ホテルだな……」とリオンが呆れた声を漏らす。
「それだけじゃないぜ、こっちが、Aクラス専用食堂だ。」
扉を開けた先には、シャンデリアが輝く豪華な空間と、料理の香ばしい香りがふわりと漂っていた。
丸テーブルには白いクロスがかけられ、椅子はふかふかの魔導クッション仕様。
壁際にはバイキング形式の料理台があり、魔導オーブで温度を最適に保たれた料理がずらりと並んでいる。
「学食って、レベルじゃねぇぇぇ!!」
陽翔は目を輝かせながら、ずらりと並んだ料理に顔を近づけ、香りを吸い込むように深呼吸する。
「王宮の晩餐会かよ……」
リオンはもう、呆れるのも馬鹿らしくなってきた。
「……ていうか、これ予算どうなってんだ? 国が本気すぎる……」
「あとここ、実は専属のコンシェルジュもいる。用事があれば、魔導通話か端末ひとつで対応してくれるぞ。部屋の掃除、忘れ物の管理、生活相談、果ては夜食の注文まで、なんでもありだ」
ユリウスが得意げに言うと、奥のカウンターで待機していたスーツ姿の女性が一礼する。
「い、至れり尽くせりじゃねえか!こんなところに住めるなんて!」
「ちょっと待て、お前。まだここに住めるなんて決まってないだろ」
「バッカ!お前!俺は全適性Sランクだぞ!Aクラス確定に決まってんじゃねえか!」
陽翔が自信満々に胸を張る。
「……それで確定だったら、世話ないけどな」
リオンは呆れたように肩をすくめる。
リオン達はAクラスのフロアを後にし、次に訪れたのは一つ下の階――Bクラスのフロアだった。
「ここがBクラスフロア。Aほどじゃないが、けっこう快適だぜ」
ユリウスが手をひらりと振って案内する。
廊下の絨毯はやや質素だが清潔感があり、照明も明るく、必要十分な設備は整っている。
「部屋は二人部屋が基本だ。バス・トイレは共用だけど清掃は魔導清掃ユニットがやってくれるから文句はないはず」
「食堂は共用のカフェテリア形式だな。けど、メニューは日替わりで、味も悪くない。ちゃんと魔導栄養管理もされてる」
「へえ、ここも充分住みやすそうだな……」
リオンが感心していると、ユリウスは「ま、Aを見た後じゃ見劣りするけどな」と苦笑する。
そしてさらにその下のCフロアへ。
「ここがCクラス。まあ……うん、普通だ。可もなく不可もなくってやつだな」
Cフロアの廊下は無機質な石造りで、照明もほんのり暗い。部屋は三人一部屋の仕様で、内装も必要最低限といった感じだ。
「トイレと浴場はフロア共用。清掃も週に一回。まあ、昔ながらの学寮って感じだな」
「……地味に、格差社会だな」
リオンがぽつりと呟くと、ユリウスは苦笑いしつつ、次の目的地を示す。
「さーて、お待ちかね。ラストはDクラスフロア……伝説の“旧棟”だ!」
最後にたどり着いたのは、他の寮棟とは少し離れた場所にひっそりと建つ、三階建ての古めかしい建物だった。
目立った崩れや傷みはないが、外壁の色は少し褪せていて、建物全体に“年季が入っている”という雰囲気が漂っている。
手入れは最低限されているようで、廃墟というほどではないが、新築のA~Cクラス寮と比べると見劣りするのは否めなかった。
「……昔、僕たちが使っていた寮じゃないか」
リオンは建物を見上げてぽつりと呟いた。
「どこが“伝説の寮”だよ……」
「いやいや、伝説だろ?」
ユリウスがニヤニヤしながら横で肩をすくめる。
「昔は貴族も平民も、あのレイラさんでさえ、ここに住んでたんだぞ?今じゃ考えられねーよな」
「……そうだけどさ」
リオンはため息をつきつつ、玄関の扉に手をかける。開けた先には、どこか懐かしい木の香り。だが床にはわずかに軋みがあり、廊下の照明も一部が点滅している。
「今じゃ“Dクラス専用”って扱いか。ランクが一番低い生徒が住まわされる寮ってのは、なんかちょっとな……」
「まともに改築もされてないしなぁ」
ユリウスが天井を見上げて、苦笑交じりに呟く。
「部屋は3人か4人部屋で、ベッドと机が一人ずつ。トイレとバスは共用。大浴場タイプでな、風呂は毎晩混むぞ。早い者勝ちだ」
「そういや、そうだったな」
リオンは昔を懐かしむ。
「食堂はCクラスと共用、量はあるけど味は……まあ“家庭的”ってやつだな!」
「それ、美味しくないの言い換えじゃないっすか?」
「うん」
即答だった。
「僕は嫌いじゃなかったけどなあ」
「そういうのはオッサンの思い出補正っていうんだぜ」
「うるせーよ、貴族出身のお前にはわからないだろうが、あれでも十分、美味しい部類だ」
「マジかよ、信じらんねーな。俺は当時、住居はなんとか許容で来たけど、食事だけは本当に我慢できなかったからな。やっぱ、俺ってば根っからの上流階級の人間なんだな」
「殴っていいか」
リオンは、ユリウスの無神経にイラっとする。
「ま、俺はAクラス確定だし、関係ないけどな」
陽翔は自分がAクラスである事を全く疑っていない。
「お前な、何度も言ってるけど、結果を見てみないと分からんだろう」
「まあまあ、そろそろ講堂前に仮の部屋割りが掲示板に張り出される頃だろうから見に行こうぜ」
明日、入学式が行われる予定の講堂前には、すでに掲示板が設けられており、仮の部屋割りが発表されていた。
「へっへーん、俺はAクラス……と、は……?」
> NO.202 ハルト・スズキ 所属:Dクラス
「……う、う、う、うそだあああああああああああああああああああ!!!!」
陽翔は自分の寮の振り分けを見て絶叫した。
ちなみに、そんな陽翔の監視という名目で、リオンも同じくDクラスに配属されていた。
「……安心しろ、お前のせいで、僕も道連れだ」
リオンはジト目で静かに言い放った。
こうして、入学式を前にして、早くも波乱の予感しかしない学園生活の幕が開けようとしていた。




