師匠、ユリウス
陽翔が絶望して、そのまま動かなくなってしまった。
仕方がないので、ユリウスのいる指導室に陽翔を連れて行き、ソファに座らせる。
先ほどの出来事のショックを引きずり、陽翔はぐったりと項垂れていた。
「……なんでだよ……異世界転生したのに……」
ぶつぶつと愚痴をこぼす陽翔を無視し、リオンは室内の奥にいたユリウスに向き直る。
「事情はこういうわけだ。」
簡潔に説明すると、さすがのユリウスも呆れた表情を浮かべた。
ちなみに、陽翔や蓮たちが勇者候補というこは秘密なので、リオンは“特例入学組”のうち、魔法理論や実技科目で特に優秀な生徒をサポートするために、教導係(チューター的役割)を任命されたという風に説明しておいた。
「……いや、さすがにそれはドン引きされるだろ。」
「だろうな。」
「でもなぁ……気持ちは分かる。」
「?」
ユリウスはどこか遠い目をしながら言う。
「男なら一度は夢見るもんだよな! 学園でのモテモテハーレム生活!!」
リオンは即座に突っ込んだ。
「いや、全員ではないだろ。 少なくとも、僕はそんな夢見たことないぞ。」
ユリウスがリオンを指さしながら叫ぶ。
「うるせー! このムッツリスケベが!!」
「誰がムッツリだ!」
横で聞いていた陽翔が急に興味を持つ。
「マジっすか!? コイツ、ムッツリなんすか!?」
「ああ、コイツはな!」
ユリウスは得意げに語り始める。
「学生時代、『俺は女なんかに興味はないぜ』みたいにすかしてやがったのによ! ふたを開けてみれば、めっちゃ巨乳の嫁さんもらったんだぜ!!」
「マジっすか!?」
陽翔が目を輝かせながら食いつく。
「ああ! こんなんだぜ!」
ユリウスは、自分の胸の前で両手で半円を大きく描いて表現する。
「こんなんすか!?」
陽翔も同じように胸の前で半円を描く。
(こいつら、うぜー!)
心の中で叫びつつ、はしゃぐ馬鹿二人を見て、ふとあることに気づく。
(……何だろう、この光景……)
陽翔を初めて見たときから、どこか既視感のようなものを感じていた。
そして今、確信する。
( バカ発言連発、モテモテ願望、無駄に自信満々……こいつ……ユリウスにそっくりじゃねぇか!!)
ユリウスの方はというと顔はそこそこ良い、子爵家の三男坊で家柄も悪くない。
実技はいまいちだったが、そのかわり勉強がよくでき、魔法の才能も上位クラスでモテる要素は十分ある。
一方、陽翔はというと、女神さまにイケメンにしてもらって、授かったギフトは強力でレアな部類だろう。こちらも、条件だけ見ればモテるように見える。
ただ、二人に共通しているところ、それは、せっかくのモテ要素を完璧に台無しにする、圧倒的 残念力だった。
「お前、なかなか見どころがあるな」
ユリウスが陽翔の肩を叩きながら、ニヤリと笑う。
「ホントっすか?」
先ほどまで地面に座り込んで、絶望に打ちひしがれていた陽翔だったが、「見どころがある」と言われた途端、あっさり立ち直っていた。
(……単純すぎるだろ、こいつ。)
リオンは呆れつつも、馬鹿2人のやり取りを静観することにした。
「ああ、良いだろう。」
ユリウスは満足げに頷き、誇らしげに胸を張った。
「お前には特別に俺が10年以上かけて培った、究極のモテテクを伝授してやろう!」
「マジっすか!?そんなテクが!?ありがとうございます、先生、イヤ、師匠!!」
陽翔は目を輝かせ、拳を握りしめてガッツポーズ。
ユリウスを 「師匠」 とまで呼び始める始末だった。
(……いや、こいつにモテテクって……)
リオンはツッコミを入れかけたが、やめた。
(もういい……どうせ何を言っても無駄だろう。下手に関わったら、馬鹿がうつる……)
「イヤー、お前は分かってるな!」
師匠と呼ばれ、ユリウスはすっかりご機嫌になり、陽翔に向かって饒舌に語り出す。
「いいか、まずお前は顔は悪くない、モテるための要素は備わっている。しかしな女の子の前で、ハーレム願望をぶっちゃけるのはよろしくない。まず初対面の女の子には爽やかな挨拶をかわしてだな・・・・」
なんか突然、ユリウスのモテテク講座が始まった。
それをうん、うんと真剣に聞く陽翔
「そのあとで……『俺、普段はクールだけど、君には特別なんだ』って、ちょっと意味深に言うんだよ!」
「なるほど! さすが師匠!!」
陽翔は完全に感心した様子で、深く頷く。
(……お前らのどこがクールだ!!)
リオンの心の叫びは、冷静さを保ちながらも、心の中で強烈に突っ込まれていた。
「それからだな、女の子がちょっと困った時に『俺に任せとけ』って言うんだよ! それでポイントアップ間違いなしだ!」
「なるほど! 俺もそれ、明日から使ってみます!」
「ふっ、まだまだあるぞ。次は――」
(おいおい、まだ続くのかよ……)
リオンはさらに遠い目になる。
こうして――
「ユリウスのモテテク講座」 という “地獄の時間” は、適性検査の開始時間ギリギリまで延々と続いたのだった。




