学園の協力者 その2
「それでは、もう一人の協力者の所へご案内します。」
エリシアはすぐに仕事モードへと切り替え、無駄のない動作で歩き出す。
リオンもそれに続きながら、先ほどのヘルマンの言葉を思い返していた。
15年前の魔契戦争以降、召喚勇者がもたらした魔法技術の革新で、学園のカリキュラムも大幅に変更された。
それに伴い、学園の人事異動も大々的に行われたらしく——
今、学園でリオンの正体を知るのは、学園長であるヘルマン、秘書のエリシア、そして、これから会うもう一人の協力者だけ。
(まったく……僕の知ってる学園とは、かなり様変わりしてるってわけか)
そんなことを考えているうちに、エリシアがある扉の前で足を止めた。
「こちらです。」
エリシアがノックすると、「どうぞ~」とすぐに軽快な声が返ってくる。
ドアを開けるとそこには
「お前かよ……」
リオンは指導室の扉を開けた瞬間、眉をひそめた。
「お前かよとは、ご挨拶だな。」
そこにいたのは、そこそこ整った顔立ち。切れ長の目に、特徴的な青い髪を片側だけ異様に盛った7:3分け、さらに、白いシャツの襟を無駄に立て、妙に装飾の多いジャケットを羽織るという、どこかの古い貴族を彷彿とさせる格好をした男
ユリウス・フォン・バルムンク、リオンの元同級生で、子爵の三男坊だ。
「エリシアちゃ~ん、お仕事ご苦労様、どう?お茶でも飲んでいく?」
「いえ、結構です。それではリオン様、私は別の仕事がありますので、詳しい事はそこのユリウス先生にお聞きください。」
ユリウスのお誘いをすげなく返し、エリシアは退室していった。
「変わってないな……お前……」
リオンは15年間前と全く変わっていないユリウスに呆れる。
「そうだろ? 俺、今でも生徒たちに“先生、若いですね!”って言われるんだぜ!」
「そういう意味ではなく……イヤ、もういい……」
15年前を変わらずの軽薄な態度にあの頃と全く変わっていない、髪型にファッション、まるでこいつだけ時間が止まっているみたいだ。
(それとも、僕が知らないだけど、一周回ってこれが若い子に流行っているのか?)
リオンは一瞬考えたが、その場では言及しなかった。
「と言うかお前……その恰好……ぷぷっぷはははははは!」
リオンの学生服姿を見て爆笑するユリウス
「なんだよ、なんか文句でもあるのか?」
「文句っていうか、お前、もう30歳超えてるのに!学生服って!し、しかも、めっちゃ似合ってる。ぷはははは!違和感ねー!あ、あの頃と全く変わってねー!」
(こいつ……うぜえ……)
「僕としては、お前が学園の教師してる方が、よっぽどおかしいと思うがな、何で教師になんてなろうと思ったんだよ?」
「ちょっと、待て、今「僕」っていったか?「僕」って?ぷははははははは?」
「おい!話が進まないだろ!いったん落ち着け!」
「だって、お前、昔は「俺」だったじゃん!なんで今更「僕」、まあ、似合ってるけども!」
ヘルマンといい、こいつといい、昔の自分をよく知っていて、あまり会いたくない人物が学園に残るのか。
「昔は、なめられるのが嫌だから、そうしてただけで元々、自分の事はずっと「僕」って言ってたんだよ。いいから早く質問に答えろよ」
「なめられるのが嫌だからそうしてた……」
突然、笑うのをやめたユリウスがこちらを睨め付ける。
「お前のそれで!俺の青春が台無しになったんだろうが!」
「はぁ?」
ついさっきまで笑っていたユリウスが突然怒り出し、リオンは困惑する。
「俺は! お前とエドをチームに誘ったのは、それなりに理由があったんだ!」
「は?」
「エドモンドは大司教の息子で、知的な雰囲気があったからモテ要素は十分だった! そしてお前は見た目が可愛いから、マスコット的な感じで女子生徒が寄ってくるはずだった! だからチームに誘ったんだ!! 俺の計算は完璧だったんだ!!」
「はぁ……」
「でも、ふたを開けてみれば—— エドは堅物で話しかけづらいし、お前は無愛想すぎて女子が話しかけても冷たく返して、最悪、不機嫌になる始末!!」
「事実だけど、言い方ってものがあるだろ……」
「あの時、お前がもっと愛想よくしてれば、女の子がいっぱい寄ってきて、俺もモテてたんだ!!」
「……お前、それ、完全に他力本願じゃないか。」
「違う!! 俺の計画が狂ったのはお前らのせいだ!!」
「……まだ言うか。」
ユリウスは両手で頭を抱え、崩れ落ちる。
「くそ……ちくしょう……なんで俺だけ……!」
(笑ったり、怒ったり、泣いたり忙しい奴だな……)
「それで? 学園でろくな思い出がないのに、何で教師になろうと思ったんだよ?」
全く話が進まないので、リオンはもう一度、同じ質問をする。
「俺は、俺は! 青春を取り戻したかったんだよ!!」
「……何だって?」
「あの時にしか味わえない、甘酸っぱい青春の思い出ってあるだろ? それを取り戻したかったんだ!!」
(うわ……)
堂々と意味不明なことを言い切るユリウスに、リオンはドン引きする。
「青春を取り戻すって、お前、まさか生徒に手を出したんじゃ……」
「バカ言え! 俺がそんなバカな事する人間に見えるのか!?」
「見えるが」
「うおい!!」
ここまでの言動を見て、見えないという方がおかしい。
「いいか、教師が生徒に手を出すなんてな、バレたら社会的に死ぬんだぞ! リスクがでかすぎる!」
(その言い方だと、リスクがなければ手を出すみたいだな……)
「ただし!! 卒業後なら話は別だ!!!」
ユリウスは堂々と教師にあるまじき発言をする。
「在学中は、お互いなんとなく意識しているが、そこは教師と生徒……。禁断の関係だ……!」
「……お、おう……?」
「しかし、3年間積み重ねた絆は、揺るぎない純愛へと昇華する!! そして——」
ユリウスの目がキラキラと輝き始める。
「卒業式の日! 夕焼けに染まる学園の庭! そして——あのルミナリアの大樹の下で……!!」
「先生……私……もう、先生のこと……先生として見れません……!」
「……トリシャ……!!僕もだよ、トリシャ……!!」
ルミナリアの大樹の花が、光の粒となって舞い落ちる。
そして、二人はゆっくりと距離を縮め——
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! これだ!! これが俺の求めた青春なんだよぉぉぉぉ!!!!!」
「……お前、頭大丈夫か?」
リオンは、純粋な心配を込めて元同級生に問いかけたのだった。




