学園の協力者 その1
「いやー、ヘルマン先生、学園長になられたんですね! その若さでさすが、優秀な人は違いますねー!」
リオンは軽く両手を広げ、いかにも大げさな調子で言った。
ヘルマンは静かに腕を組み、冷たい視線を向ける。
「ほう。あの“まともな口のきき方も知らなかった”問題児が、世辞を言えるようになったとはな。」
「イヤだなー、もう、15年も前の話じゃないですか。」
リオンは気楽に笑いながら肩をすくめる。
しかし、ヘルマンの表情は微塵も緩まない。
「ふん。その“15年前”に、お前は『もう学園で学ぶことなどない』と啖呵を切って、退学していったはずだが?」
「いや……まあ……それは、若気の至りというか、なんというか……。」
リオンは目を逸らしながら、曖昧に笑う。
「言葉を濁すな。まったく、15年経っても変わらんな。」
ヘルマンは鼻を鳴らし、溜息をついた。
「ただ、今回の入学は仕事でもあるんですよ。」
リオンは苦笑しながら付け加える。
「むろん、聞いている。まったく、国も教会も面倒事を学園に押し付けよってからに……!」
ヘルマンはわずかに眉をひそめ、机を軽く指で叩いた。
「学園はどの機関にも属さない、中立の立場だ。 本来ならば、政治的な駆け引きに関わるべきではない、それを“全世界の平和のため”などという綺麗事で片付けられては、たまったものではないな。」
「今回の勇者候補たちに関しては、私と君、そしてこのエリシアしか知らない。……無論、ほかの教員にも生徒にも一切漏らしていない。学園内の魔導センサーによる監視も、常に作動している。“オド”と“エーテル核”の二重認証によって、偽者や侵入者は即座に弾き出される仕組みだ。セキュリティ面での不安はない。」
リオンは軽く頷く。
「けど……それでも、納得はいってない、と。」
ヘルマンはわずかに眉をひそめた。
「ああ。セキュリティの問題ではない。……中立を守るべき学園に、王国の都合を持ち込まれたことが、私は気に入らないのだ。」
ヘルマンの声音には、明らかな苛立ちが滲んでいる。
(うわ……これはだいぶお冠だな)
リオンは心の中で溜息をついた。
今回の勇者候補の入学は、学園にとって政治的な意味合いが強すぎる。
王国、いや、全世界の安定のためとはいえ——学園側としては到底歓迎できるものではなかった。
「いいか、今回の勇者候補の入学も、お前の監視官としての入学も特例中の特例だ! 問題を起こさず、今回はちゃんと卒業しろ!」
「……善処します……」
陽翔のこともあり、なかなかはっきりと「承知しました」とは言えないリオンだった。
「それと——お前が学園で使う偽名の件だが、聞いているな?」
「ええ、リオンの名前はそのままで、姓だけ変えることになっています。」
「ふん。……まあ、完全に別人を装うよりは、そちらの方がまだマシか。」
ヘルマンは腕を組み、短く頷いた。
「いいか、余計な詮索を受けぬよう、お前自身がしっかり立ち回れ。」
「……心得ていますよ。」
「はあ……」
学園長執務室を出たリオンは、深いため息をついた。
まさか、最も険悪だったヘルマンが学園長になっていたとは……
これからの学園生活を思うと、早くも気が重い。
「……ふふっ」
「……何がおかしいんですか? エリシアさん……」
これまで無表情だったエリシアが、珍しく小さく笑った。
「いえ、失礼しました。ただ……まるで、本当の学園の生徒が先生に叱られているように見えたもので。」
「まあ、これから本当に生徒になるんですけどね……」
リオンは肩をすくめながら答える。
エリシアは何も言わなかったが、その視線にはどこか納得したような色が滲んでいた。
(……まあ、そうだろうな。この見た目のせいで、余計そう見えたんだろう)
リオンは内心で苦笑する。
(なんで、30歳を過ぎて、生徒として先生に怒られねばならんのか……)




