いざ、学園へ
リオンは神殿に向かい、エドモンドの案内で転送魔法の魔法陣がある部屋へと足を踏み入れた。
転送魔法陣の間は、厳かな空気に包まれている。壁には古びた魔導文字が刻まれ、中央には淡く光る巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。
「今度はちゃんと卒業するんだぞ。それからお前は今回、監視官として潜入するんだ。問題は起こすな。それから…」
「あー、もういい!子供じゃないんだ!分かっているよ!」
うんざりした表情で手を振り、リオンはさっさと転送魔法陣に入ろうとする。
「待て、最後に…」
「何だよ!まだ何かあるのか!?」
「せっかくの二度目の学園生活だ。どうせなら、楽しんでこい」
リオンはエドモンドに背を向け、表情は見えないようにしながら、片手だけを上げた。
そして、魔法陣の光が彼を包み込み、次の瞬間——その姿は消え去った。
視界が歪み、眩い光に思わず目を閉じる。
ゆっくり目を開けると、さっきいた転送室とは明らかに内装が違う。無事転送に成功したようだ。転送による魔力酔で、少し足元が振らつく。
「お待ちしておりました。リオン様」
そこに、女性が声を掛ける。
「申し遅れました。私、エリシア・フォン・クロイツナーと申します。学園長の秘書をしております。以後、お見知りおきを。」
淡い銀髪をきっちりと結い上げ、鋭い灰色の瞳を持つ女性だった。
軍人のように背筋が伸びた立ち姿と、無駄のない動作。
そして、飾り気のないシンプルな黒の制服が、彼女の職務に対する真摯な姿勢を物語っている。
(なるほど。学園長の秘書だけあって、ただ者じゃないな)
軽く会釈をし、リオンも自己紹介する。
「こちらこそ、お世話になります。僕の名前はリオン・オルティア。こんな見た目ですが、30歳を超えています。ただ、書類上は16歳ということになっています。どうか、かしこまった対応はせず、名前もリオンとお呼びください。」
リオンは、いつものように初対面の大人相手にするための自己紹介を淡々とこなした。
エリシアは無表情のまま、わずかに眉を上げた。
「……承知しました。学園長からも聞いておりますが、実際にお会いすると、確かに“特例”という言葉がしっくりきますね」
(まあ、そりゃそうだろうな)
リオンは心の中で苦笑しながら、特に気にする様子もなく頷いた。
「詳しいことは学園長から申し上げると言っています。それでは、こちらへ」
エリシアは淡々とした調子で言い、静かに歩き出す。
リオンはそれに従い、学園長室へと向かった。
「失礼します。」
エリシアがドアをノックし、リオンと共に学園長室へ入る。
その瞬間——リオンの動きが止まった。
「……は?」
学園長の顔を見た瞬間、リオンは目を見開き、背中から冷たい汗が流れる。
「久しいな、リオン・オルティア。まさか、また学園でお前の顔を見る日が来るとはな。」
穏やかではあるが、どこか皮肉めいた口調。
そこには、かつてリオンが一度目の学園生活で最も衝突した担任教師の姿があった。
(うそだろ……あの人が学園長になってるのか!?)
リオンは内心で絶句する。
ヘルマン・ロイデンベルク——。
規則を重んじ、厳格で、かつて問題児だったリオンと何度も対立した担任教師。
リオンがやってきたことが決して間違いではないと理解しながらも、規則に反する行動が多すぎるとして、何度も指導を受けた相手。
リオンにとっては、最も鬱陶しく、最も厄介な教師だった。
そして、この状況を見て、リオンはようやく理解する。
(……なるほど。エドモンドが言っていた『行けば分かる』とは、こういうことか)
心の中で深いため息をつきつつ、リオンは無言で立ち尽くした。




