08.憧れの女騎士
「ようこそお越しくださいました。私は聖騎士のルイと申します。この神殿内で聖女サーヤ様の身の回りのお世話と護衛をさせていただきます」
神殿に着いて馬車の扉が開かれると、一人の女性騎士が待っていてくれた。
緊張した様子で深々と頭を下げる彼女は、ロイの妹で名前をルイというらしい。
スラリと背が高くて涼しい美人顔のルイは、兄のロイとどこか似ていて、同じように礼儀正しいお姉さんだ。
礼儀正しいクール系美人女騎士なんて最高すぎる。
女騎士は紗綾の憧れだ。紗綾だって良い印象を持ってもらいたいし、仲良くなりたい。
紗綾はドキドキしながら深々と頭を下げた。
「紗綾です。突然の事ですみませんが、こちらこそよろしくお願いします」
紗綾のお辞儀にルイが驚いた顔になった。
緊張して少し頭を下げすぎたかもしれない。スマートに見えなかったかも、と不安になる。
驚いた顔で見つめられて、恥ずかしくなって神殿の方に視線を移すと、純白の石造りの建物が目に入った。
目に映った建物は、紗綾がイメージする神殿そのものだった。夕日に当たってオレンジ色にキラキラと光る建物に、テンションがギュンと上がった。
「わ〜すごく綺麗!壁も柱もキラキラしてる!ロイさん簡素な建物って言ってたけど、こっちの方が落ち着けて好きかも。
大神殿も豪華で綺麗だったけど、あちこちが金ピカで、お金の匂いがプンプンしてたし。………あ」
まただ。またこの口が余計な事を話してしまった。
聖騎士達にとって一番敬っているだろう場所をディスってしまった。
紗綾は急いで失言をフォローする。
「大神殿は、信仰深い裕福な貴族様から支えられているから安心ですよね」
「まあ金持ちの献金は半端ないでしょうね」
「それだよね。言いようでいくらでもお金を巻き上げられるでしょうし。………ちょっと」
止めてほしい。ガクにそんな気軽に同意されたら本音が出てしまうではないか。
憧れの女騎士の前であまり地を見せたくないのに、また驚かせてしまったようだ。
このままではダメだ。もう少しスタートな人に見られたい。
「教皇エーヴェイル様はやり手の立派な方ですよね」
紗綾は精一杯上品に見えるように微笑んで、大神殿の教皇を持ち上げておいた。
これ以上の失態を見せるわけにはいかなかった。
「仮の部屋となりますが」と、ルイに案内された部屋は、キッチンのないワンルームマンションのような部屋だった。
部屋にはベッドとクローゼット、一人用のテーブルと椅子が置かれているだけのシンプルな部屋だ。
シンプルだが広くて清潔感のある部屋に、なんだか高潔な騎士の部屋っぽさを感じさせられて、更にテンションが上がる。
紗綾はなるべく落ち着いて見えるように、この部屋までは黙って歩いていたが、思わず感動が声に出る。
「良い部屋ですね!広くて明るくて、置いてある家具もシンプルで可愛い!お風呂とお手洗いもついてるし!
私、この部屋気に入りました。改装する必要なんてないですよ。
急に押しかけたのに、こんな素敵な部屋まで用意してくれて、ありがとうございます」
部屋をひと目見て気に入った紗綾は、嬉しくてお礼を伝えたが、ルイは首を降った。
「この部屋は、聖女サーヤ様に相応しい部屋ではありません。
この部屋は聖騎士が使う部屋のひとつですし、置いてある家具も簡素な物です。ベッドももっと大きくて良質な物に変えた方が、よく眠れると思いますよ」
「そう……?シンプルな部屋で好きですよ。このベッドも、私の部屋のベッドよりすごく大きいし十分眠れそうですけど……。ちょっと横になって試してみますね」
目の前のベッドは、紗綾の部屋のベッドよりはるかに上質そうに見えるが、これは階級を持たない聖騎士達の標準ランクらしい。
マットレスはとても厚みのあるもので、十分によく眠れそうだが、この世界基準では質が劣る物なんだろうか。
紗綾はマットレス具合が気になって、寝具売り場に置いてある展示品のマットレスを試す感覚で、ゴロリとベッドに寝転んだ。
「わ〜……」
最高だ。
マットレスがいい感じに紗綾の体を受け止めてくれる。
シーツからは心が落ち着くような良い匂いがするし、身体中の疲れがジワジワと寝転んだ背中から抜けていくようだ。
『眠たい……』
この世界に来たのは、元の世界で眠っている所だったから、十分に眠れた後なのかは分からない。
今日は色んな人に会って、色んな話を聞いて、色んな体験をして、ここまで長い時間馬車に揺られてやってきた。
体がどんどんベッドに沈み込んでいく感覚がして、『私疲れていたんだな……』と思いながら意識も沈んでいく。
紗綾そのままスゥと眠りの中に落ちていった。
気がつくと、紗綾はまたぼんやりした世界にいた。
ここはあの夢の世界だ。
そして今日の夢はイケメンの夢ではない。
神がいる。
見えない神を確かに今、紗綾は身近に感じる事が出来た。
神が紗綾に、声なき声で問いかける。
『失くした記憶を取り戻したいですか?本来ならば取り戻せない記憶ですが、サーヤはまたこの世界を救いに来てくれました。
サーヤが望むのであれば、失った記憶を戻しましょう』
失った記憶。
以前の紗綾が聖女サーヤとして生きた記憶だ。
それは裏切りや悪評を受けたつらい記憶でもある。
だけど記憶が戻れば、聖女としての感覚も取り戻せるだろう。
以前の浄化は二年もの月日がかかったようだが、もし今紗綾が当時の聖女サーヤの力を取り戻せば、きっと二年もかからず世界の浄化を終わらせられるに違いない。
穢れた地の浄化をサクサクと進めて、最後にまた記憶を消せば、また全てを無かった事に出来る。
ここは「記憶を取り戻す」のが正解だ。
『だけど』と紗綾は考える。
もし聖女サーヤがまだライオネルを愛していたら?
もしまだ聖騎士のレイノックスとウォレントを信頼したいという思いが残っていたら?
もしこの世界の貴族達と上手くやっていきたいと願う気持ちまでも残っていたら?
そんな思いが残っていたら、きっと王子や仲間だった者の、「誤解だった」という都合のいい言葉に流されてしまう気がした。
心のどこかでその言葉を疑うとしても、彼らを信じたい気持ちがあれば、耳触りのいい言葉に縋ってしまうかもしれない。
聖女サーヤが元の自分だというなら、紗綾は過去の自分を裏切った者や、自分を悪く話す貴族を受け入れたくはない。
今の自分に親切にしてくれるロイ達を、貴族にならって蔑みたくもない。
紗綾は今の紗綾のままでいたい。
だったら答えは決まっている。
「神様。私は以前関わった人との過去を思い出したくはありません。以前その人を許せないと思う事があったなら、今も許したくはないのです。
ですから、以前の聖女サーヤの力だけを取り戻させてください」
――答えはこれが正解だろう。
オイシイところだけ取り戻したい。
神様が声なき声で応えてくれるのを感じる。
それはそうだ。
神様だって世界を早く救ってもらいたいに決まっている。
紗綾がオイシイとこ取りをしたところで全く問題はないはずだ。
声なき声で神の了承を得た事を感じて、「わ〜ありがとうございます!浄化活動頑張りますね!」と喜んだところで目が覚めた。