07.夢で呼ぶ彼 + 彼
滞在先の神殿に向かう馬車には、ロイの他にもう一人、同じ神殿所属だという聖騎士のガクという男も一緒だった。
体が大きくて威圧感を感じさせられる体格をしているが、話してみると気さくな男だった。
敬語が苦手だと話すので、「じゃあ敬語なしで話そう。私もその方が気楽に話せるし」と、自然に声をかけてしまうくらい話しかけやすい雰囲気を持った人だ。
「騎士団の皆に示しがつかないので、俺は無理のない範囲くらいの敬語になると思います。聖女サーヤ様は気楽な言葉で話してください。その方が嬉しいですね」
朗らかに笑いながらお互いのタメ語提案は断られてしまったが、ガクはきっと騎士団の中でも多くの人に慕われているのだろうなと、明るく笑う初対面の彼に好感が持てた。
類は共を呼ぶというし、良い人の周りにいる人は良い人なんだろう。
紗綾はガクの言葉に甘えて、普段通りの言葉使いで気楽に話すことにした。
「ロイさんとガクさんは、今日二人で大神殿に来てたんだね」
「いいえ。今日ではないですよ。俺らが大神殿に向かったのはもう二ヶ月近く前になります」
そこから始まった会話で、紗綾は大神殿と呼ばれるあの場所に、たくさんの人が集まっていた理由を知った。
「聖女サーヤを再びこの世界に呼び戻してほしい」という神への祈りが通じたのは、ちょうど二ヶ月ほど前の事らしい。
『毎日一人だけ、決まった時間に聖女サーヤに祈りを捧げるように』と、神が教皇エーヴェイルに告げた事で、ロイとガクの二人は国から呼び出されたようだ。
あの大神殿に集められていたのは、「失っていると思われる聖女サーヤの記憶を、少しでも刺激出来そうな者」だったそうだ。
ロイとガクは聖女サーヤの浄化に関わった者ではなかったが、「浄化後の聖女サーヤ様に一番近かった聖騎士として、光栄にも呼ばれました」とロイが話してくれた。
その頃の聖女サーヤは、聖女の力もないただの異世界人だったというのに、ロイの気遣いの言葉が半端ない。
話を聞きながら、『良い人だ……』と改めて感じていた。
「それで聖女サーヤ様と関わりが深かった者の順に、祭壇に立って祈っていったのです。
ライオネル王子様、レイノックス様、ウォレント様は、神の世界で連日聖女サーヤ様にお会い出来たようですが、皆ある日を境に神の世界にたどり着く事が出来なくなるようでした。
それ以降は浄化に付き添った聖騎士などが、順番に祈りを捧げていきましたが、神の世界までもたどり着ける者はいませんでした。今日最後に私達の番が回ってきて、幸運にも神の世界にたどり着く事ができたのです」
「そうなんだ。そういえばあの夢を見出したのって、二ヶ月くらい前だったかも……」
紗綾は「そういえば」と思い出す。
赤い髪のイケメン――ライオネルが紗綾の夢に現れ出したのは、ちょうど二ヶ月くらい前の事だ。
あの場所は紗綾にとって、ただの夢の中だったけど、あそこは神の領域だったのだろうか。
知らないうちにとんでもない場所に入り込んでいたようだ。
「ここひと月くらいは夢を見てなかったけど、その前の一ヶ月間くらいは、確かにライオネル王子様達が、何日も続けて夢に出てきてたかも。
縁起の悪い夢だと思ってたけど、神様を通じた呼び出しだったんだ………あ」
目の前の二人の聖騎士が、紗綾をじっと見ていた。
しまった。
サラッと自然な感じで、かつての仲間をディスってしまった。彼らの中には王子までいるというのに。
急いで話題を変えなくては。
「夢を見なかった期間は、あの大神殿にいた人が呼びかけてたんだ。
あの三人以外は誰も夢に出てこなかったし、聖女サーヤは他のみんなよりロイさん達との方が仲がよかったんだね」
ロイが夢に出てきたのは、おそらく以前の聖女サーヤが、親切だったロイ達と個人的に仲良しだったからだろう。
ガクはロイの翌日に聖女サーヤに呼びかける予定だったようなので、ガイも明日紗綾の夢に出てきたかもしれない。
「いいえ、仲が良いなんて。そんな事はないです」
「あ、すみません」
秒でロイに否定されて、秒で紗綾は謝った。
イケメンのロイに、『馴れ馴れしいヤツめ』と思われてしまったようだ。
『この私の口め』と思うが、出した言葉はもう取り消せない。
紗綾の思いが顔に出たのか、ロイが焦ったように紗綾の予想を否定した。
「いいえ!あの、誤解があるといけないので説明させていただきます。
――本来私達は、聖女サーヤ様に話しかける事も出来ない身分なのです。以前護衛につかせていただいた時も、言葉を交わした事はありませんでした」
「え!なにそれ。もしかして聖女サーヤって「身分が上だから」とか勘違いして、ロイさん達を無視してたわけ?
うわ〜超最悪じゃん。それは聖女の力が失くなっても当然じゃない?」
どうやら聖女サーヤは、お高くとまっていたらしい。この世界の名声を手に入れて、痛い勘違いヤロウに成り下がっていたようだ。
確かにそんな態度を取る者が、聖女でいられるわけがない。どうしてかまたこの世界に呼ばれてしまったが、紗綾がこの世界にいるのは明らかな間違いじゃないだろうか。
「最悪だ……」と呟く紗綾に、ロイが否定の言葉を重ねた。
「聖女サーヤ様は、決して私達を無視していた訳ではありません。「私達のような身分の者に声をかけてはいけない」というのは、貴族のルールなのです。
聖女サーヤ様はむしろ、色のない者にも構おうとするので、よく怒られていたと聞くくらいです」
「怒られる?私、勘違いしてなかったって事?
あ。それより「色のない者」って?どんな人なの?」
貴族のルールという言葉も気になるが、「色のない者」という言葉の方がもっと気になった。
どんな人なんだろうと、興味を引かれて紗綾はロイに尋ねた。
「色のない者とは、私達のような髪色を持たない者を表す言葉です」
「え?髪の色があるのに?ロイさん達の髪、薄茶色だよね」
静かに話すロイの言葉が、よく理解出来なかった。
会話の流れから、「色がない者」という言葉はきっと、蔑んだ意味で使われる言葉なのだろう。
だけどロイの髪は薄茶色だ。色がないとは言えない。
この世界の人は、薄い茶色が識別できないのだろうか。
「俺らのようなはっきりしない髪色は、色がないと見なされています。「縁起が悪い」と貴族からは嫌悪される髪色なんですよ」
首をかしげる紗綾に、ガクが肩をすくめながら説明してくれた。
「え〜〜〜」
「なにそれ」と続けて言いたかったが、その言葉は控えた。
元の紗綾の世界でも、色で差別される事は残念ながら全くない事ではない。当然と思い込んだ差別は、その人の意識の中に深く刻まれてしまっているだろうし、植え付けられた意識なんて、そう簡単に変えられるものではないだろう。
ここで無責任に紗綾が不満を言っても、現状が変わる訳でもない。
不満を言葉にするつもりはないが、薄い茶髪が貴族の蔑みの対象になっていると知って、紗綾は自分が蔑まれているように感じて気分が悪かった。
紗綾は髪をカラーリングしていないので、薄い茶色の軽やかな髪ではなく、間違いなく黒髪だ。
だけど茶髪は見慣れた色なので、どれだけ薄くても黒髪の仲間に思えてしまう。
聖女サーヤが貴族に対してどう思っていたかは分からないが、今の紗綾はこの世界の貴族を好きになれる気がしなかった。
「勝手な思い込みが許される世界なのかしら……」
「え?」
ロイに聞き返されて、紗綾はいつの間にかひとりごとを言っていた事に気づいた。
「あ。いえ。世の中には勝手な思い込みをしてる人が多いなって。
だいたい夢に出てきたライオネル王子様達も勝手だったし。
会うなり「じゃあな!」って別れの挨拶をしながらも、私を呼び出そうとしてたなんて――。………あれ?
……「じゃあな」?……「サーヤ」?……あ」
王子達は紗綾の事を「サーヤ」と呼んでいた。
あの口の動きは「じゃあな」ではなく、紗綾を呼んでいたのか。
「口パクで「サーヤ」なんて言われて手を振られたら、「じゃあな」って言ってると思っちゃうよね」
紗綾はえへへと笑って、勝手な思い込みを誤魔化しておく。




