05.夢で呼ぶ彼③
静まり返った部屋の中で、紗綾は必死に考えた。
光の消滅は、沙綾が身分の高そうな彼らを拒絶している事を表してしまう。
部屋にいる者全員の視線が沙綾に向けられていた。
『やっぱりあの夢は不運を表してたのね』なんて嘆いている場合ではない。
何か。何か話してみんなの気を逸らさなくては。
「あ」と紗綾は思い出す。
夢の中にはもう一人の登場人物がいた。
「夢×イケメン」で、幸運を運ぶはずの丁寧なイケメンがいるではないか。
紗綾は黙って自分を見つめる、部屋に集まる大勢の人達に声をかけてみた。
「あの。夢の中で会った人がもう一人いるんですけど、心当たりがある人いませんか?
薄い茶色の髪の、さっき夢の中で私にお辞儀をしてくれた人です」
とにかくなんでもいいから、話題を他に持っていきたかった。
かけた言葉に皆が騒つき始めて、紗綾はホッとする。
『さすが幸運を運ぶ夢ね。早速助けられたわ』と思っていると、「失礼します」と言いながら、一人の男が沙綾の前に立った。
薄茶色の髪の彼だった。
「あ、夢の人」
『本当にいたんだ』と驚いていると、薄茶色の髪の男が夢と同じように、紗綾に深くお辞儀をした。
『やっぱり丁寧なのね』と紗綾も深々と頭を下げてお辞儀を返すと、ライオネルに諌められる。
「サーヤ。聖女は下級の騎士に頭を下げてはいけない」
「え。そうなんですね」
聖女は下級の騎士に頭を下げてはいけないらしい。
この世界にはこの世界の、当たり前のルールがあるのだろう。
紗綾はそこを否定するつもりはない。
紗綾だって、「お辞儀をされたらお辞儀を返す」という自分にとって当たり前の、ルールでもない当然の事を否定されたくないからだ。
「うーん……あの。この世界にはこの世界のルールがあるとは思うのですが、私はまた元の世界に戻る者だし、私は私の感覚のままいたいんです。
私の感覚で接する事になりますけど、すみません。こんな感じのままでもいいですか?」
ライオネルに返していた言葉だったが、じっと紗綾を見つめる薄茶色の髪の男に気づいて、彼にも尋ねておく。
「恐縮です。私は聖騎士のロイと申します。階級は持ちません」
「あ、そうなんですね。ロイさんも聖女サーヤさんと浄化をしていた仲間なんですか?」
「いいえ、とんでもないです。私は聖女サーヤ様が世界の浄化を終えた後の短い期間になりますが、外出時の護衛を務めさせていただいただけです」
「あ〜………」
かつての仲間達が新しい聖女に心変わりしてしまったから、聖騎士ロイは聖女サーヤの護衛を押し付けられてしまったらしい。
『可哀想に』とロイを気の毒に思う気持ちが伝わってしまったようだ。
「聖女サーヤ様の護衛は、大変光栄な事でした」と微笑んでくれた。
良い人だ。
彼なら、彼の剣に光を乗せられなくても、「少し乗りましたね」と言ってくれるかもしれない。
「ロイさん、この検証の協力をお願いできますか?
私は元々ロイさんに話しかけようとして、この世界に来たわけですから、何か変化が見られるかもしれません」
『フォローお願いしますよ。信じてますよ』という思いをこめて、水晶から精一杯すくった光を、ロイの差し出す剣に乗せてみた。
「わ!すごい!」
紗綾は思わず声に出す。
差し出された剣が光をまとって輝いていた。
繊細な光がキラキラと輝いていて、まるで剣の形をした宝石のようだった。
「わ〜光を受けとめてくれてありがとうございます!
良かった〜これなら何とかなりそうですよね。じゃあロイさんは、今回護衛をしてくれる仲間という事でお願いします」
何度やっても消えてしまう光を受け止めてくれる彼だ。これだけの才能あふれる聖騎士ならば、きっと聖女の使命も無事終えることが出来るはず。
光り続ける剣にパチパチと拍手をしながら紗綾がロイに声をかけると、ライオネルが反論の声をあげた。
「待てサーヤ!この男は聖騎士でも、階級も持てないような下級の者だ。通常なら聖女に声をかける事も許されないほどの者だぞ。
そんな者が聖女を守る者として相応しいはずがないだろう?」
「え?でもロイさんは以前、聖女サーヤさんの護衛してくれてた事もあるんですよね?」
不思議に思って聞き返す。
「それは……。俺達がどうしても護衛に付く事ができなかった時に任せただけだ」
「あ〜………」
「新しい聖女さんに取りいって忙しかった時ですからね」という言葉は口に出したりしない。
それよりもこれで分かった事がある。
「あの。私は階級とかよく分からないし、下級とかそういうのって気にしません。私も庶民ですし。
それより思ったのですが。
もしこの検証が聖女と仲間の信頼を表すのなら、恋人の聖女カナエ様……?でしたよね。ライオネル王子様と聖女カナエ様がもっと関係を深めれば、聖女の力が増すのではないですか?
聖女サーヤさんも、当時ライオネル王子様の恋人だったから、すごい力を発揮できたんですよね?」
良いところに気がついた!と紗綾が元気に話しかけると、ライオネルが傷ついた顔になった。
「恋人になれば力が増すわけではない」
「あ。もうご存知でしたか……」
どうやら聖女カナエとはすでに深い仲らしい。
それは申し訳ない言葉をかけてしまった。
すみません、と紗綾は謝る。
「違う!俺はカナエと恋人ではない!サーヤと別れたつもりもない!
そもそもサーヤと恋人になったのも、世界の浄化がほぼ終わった頃だ。サーヤの聖女の力はサーヤの努力の賜物で、恋人になる前から力を持っていた。
それに聖女とは、結婚まで関係を持ってはいけないという戒律もある!」
「え!!」
思わず大きな声が出た。
さすが聖女のお付き合い。とてもプラトニックな関係だったらしい。
「本当に?!うわ〜良かった〜!『聖女を遊び捨てるなんて鬼畜野郎だな』なんて思ってごめんなさい!
本当に遊ばれる前で良かった〜!ライオネル王子様は真の王子様ですよね!見直しました!」
もう嬉しすぎてテンションが爆上がりで、紗綾は失礼な事を言っていることにも気が付かなかった。
「うっわ〜神様も『本当に神かよ、悪魔だな』なんて思ってごめんなさい!誤解でしたね。良い戒律ですね、さすが神様です!ありがとうございます!
あ、神様。私本当に階級とか気にしないんで、今回の護衛はロイさんにお願いしてもいいですか?ロイさんとなら、すぐにでも浄化をスタート出来るでしょうし、サクサク片付けちゃいましょう!
お願い事三つも忘れないでくださいね!」
浮き浮きで祭壇に声をかけると、神が応えてくれるのを感じた。
紗綾の誤解も許してくれるらしい。
三つの願いも忘れていない事を、言葉なき言葉で伝えてくれた。
さらに階級のない聖騎士ロイが護衛でも問題ないと言ってくれている。
さすが世界の神だ。
心の広さが半端ない。
「神様、ありがとうございます!
ロイさん、神様が問題ないって言ってます!階級なんて関係ないみたい。浄化頑張りましょうね!」
驚いた顔で紗綾を見つめるロイに、浮き浮きで紗綾は声をかけた。