37.完璧なハッピーエンド
「異世界で聖女になっても意外と普通の生活だね」
「なんの話?」
今日も城に遊びに来た紗綾が世間話を始めると、フクフォルトに不思議そうに聞き返された。
言葉足らずだったようだ。
「この世界に来た時にさ、「あなたは世界の穢れを祓うために呼ばれた聖女です」なんて言われたから、『これから壮大な物語が始まるかも』って思ってたんだ。
でも違ったなって思って。
私、普通の毎日を送りながら聖水作ってるだけで、浄化が順調に進んでるんだもん。――もちろん各地で聖騎士さんが頑張ってくれてるからだけど。
穢れに覆われた世界はもっと殺伐としてそうなのに、みんな協力的で穏やかで優しいし、平和だな〜って思って。
うちの騎士団とデリさんの騎士団もすごく仲良いんだよ。よく交流会開いてるし」
世界の浄化は順調に進んでいた。
紗綾はただ毎日聖水を作っているだけでいい。
紗綾が現地にまで行かなくていいのは、フクフォルトや、ロイやガクやデリの働きがあっての事だという事は分かっているが、紗綾が神にもらった力が完璧なので、紗綾自身は苦労の一つもしていない。
騎士団同士でも仲が良くて喧嘩の一つもない。
元の世界より、今いる世界の方が平和なくらいだった。
「交流会って、おしゃべりする女子会と、剣術大会してる男子会だよね。この前の男子会の優勝景品って、聖剣だったんでしょう?結局デリの剣も聖剣にしてあげたみたいだね。今日も早速護衛について来てるじゃん」
「うん。本当は三人だけの光る剣にしようって決めてたんだけどね……。「俺もキラキラ光る剣が欲しい」って、デリさんにずっと頼まれてたから、この前の交流会の特別景品にしたんだ。
今回はデリさん優勝で、すごく嬉しかったんだろうね。光を乗せてあげたら、ブンブン振って大喜びしてたよ。
聖剣持ったからって護衛しなきゃいけなわけじゃないけど、「光る剣を持って護衛に立ちたい」って、すごく嬉しそうにお願いされたから、「飽きるまででいいからね」って伝えてるんだよ」
「そっか〜。デリもあの二人と同じ立場に立ったんだ。でもさすがにこれ以上僕の秘密を話せないから、三人とも仲良く部屋の外で待機組になっちゃったけどね」
この機会に体よくロイとガクも部屋から追い出したフクフォルトは、笑顔で頷いた。
「みんな仲良いから大丈夫だよ。外でおしゃべりしててもいいよ、って伝えてるし。
本当は聖水飲んでたら、聖剣でも普通の剣でも剣の力は変わりないんだけどね。「ただ剣は光ってるだけだよ」って教えてあげたけど、デリさんが「どうしてもキラキラがいい」って言うから、「しょうがないな〜今回だけの景品だよ」って流れだったの。
夜店の光る剣とか欲しがる子供みたいだよね。まあ私も気持ちは分かるけど。光ると楽しいよね〜」
『デリも上手く頼んだな』と思いながら、フクフォルトは「ふうん」と相槌を打つ。
サーヤには、デリの振る舞いが邪気なく見えているのだろう。
サーヤを世界の浄化に回らせないように、周りの者が手を回している事は皆の親切心だと思っているようだし、騎士団間が仲が良いようにも見えるらしい。
フクフォルトは思わず忠告してしまう。
「サーヤちゃん。世の中には良い人ばかりじゃないんだよ」
「知ってるよ。でも私は神様が付いていてくれるから大丈夫。私の周りに悪い人いないから、神様も何も言わないし」
その神がサーヤに似ているから不安なのだ。
神は甘い。神罰から甘すぎる。
口や耳の色が変わったから何だというのだ。さらに懺悔の言葉などで罪を許す神に、どれだけ人にやり直す機会を与えるのだと言いたいくらいだった。
神は聖女の能力を持った人を見抜く力はあるようだが、人の本質を見抜く力は完璧ではないようだ。
その時、「あ」とフクフォルトはカナエを思い出す。
「そうだ。カナエさん、聖女の力が完全に消えた訳じゃないみたいだよ。聖水までは作れないみたいだけど、聖女の力がゼロじゃないから、まだ城で暮らせてるみたい。いつも口元にヴェールしてるみたいだけどね」
「あ、そうなんだ。日焼けが残ってるのかな?少しでも聖力が残っててお城にいられるなら、良かったよね。神様って本当に優しいよね」
他人事のようではあるが、「良かったよね」と話すサーヤもやっぱり甘い。
やれやれと思いながらも、『だけど中途半端でも希望がある方が、サーヤちゃんがあの国を思い出す事もないか』と考え直した。
セイクリド国からのサーヤ宛の手紙は、フクフォルトが全て回収しているし、あれだけ護衛にガチガチに固められていれば、誰もサーヤに接触する事すら出来ないだろう。
「そうだね。優しいよね」と笑っておく。
「あのさ、今日は二人が部屋にいないから言っちゃうけどさ。――私ね、この世界に残ろうかなって最近思ってるんだ。あ、まだ確定じゃないから内緒だよ」
声をひそめてサーヤが話し出した。
「みんな優しいしさ、この世界は平和で良い世界だなって思って。味付き聖力で、ますます仕事が楽しくなってるし。
『ロイさんは私の運命を上げてくれる人』だって事、元々夢占いで知ってたけど。最近、やっぱり夢占いは本当だったんだって思えるんだ。
ほら、類は友を呼ぶって言うでしょう?ロイさんの周りに集まる人は、良い人ばっかりだから、私も良い人に出会えたんだって気づいたんだ。ガクさんとかルイさんとかデリさんとか。あ、もちろんフォル様もね。
私に幸運をくれるロイさんと、これからも一緒にいたいなって思ったんだ」
「え、すごい嬉しいけど、夢占いって何?ロイくんがサーヤちゃんの運命を上げる人だって、神様言ってたの?」
フクフォルトは、『神は、最初からサーヤちゃんにロイを選んでいたのか』と、意外な気持ちで聞き返す。
「神様の言葉じゃないよ。向こうの世界の話で、イケメンが夢に出ると、運気が上がるって夢占いに出てたんだ。ライオネル王子様達には運の上昇を感じなかったんだけどね。
……あのさ、実はね。ロイさんから、「元の世界に戻る時は、一緒に連れて行ってほしい」って言われたんだ。
その言葉が後からジワジワきちゃってさ。『この世界に来て、本当に困った時に手を差し伸べてくれたのはロイさんだったな』って思い出して、『最初から幸運をくれる特別な人だったな』っても気がついたんだ」
えへへと照れたように笑うサーヤは、どうやらロイを選ぶらしい。
「夢でイケメンを見たから」というだけの理由で「特別な人」と思われたなら、大神殿でガクよりも前に祈る事が出来た、ロイの運の方が強かったという事か。
「そっか〜。残るのは大歓迎だけど、デリくんも護衛仲間に入ったばかりだし、選ぶ人はもう少し考えてからでもいいと思うよ」
とにかく収まるべきところに収まりそうだと、フクフォルトはホッとしていた。
紗綾が帰った執務室で、ウェンディが残念そうにため息をついた。
「残念です。城の者は、フクフォルト様のお妃様にと願っていたのに……」
「え〜僕はいいよ。サーヤちゃんにはずっと『良い人』って思われたいもん。
それにサーヤちゃんは世界中の人に狙われてるからね、ヤバいくらいの奴が付いてた方がいいんだよ。
サーヤちゃんはロイくんを選んだみたいだけど、デリも護衛を主張してきたなら、まだ分からないよね。デリも賢く立ち回ってるみたいだし」
サーヤを狂信する一人であるデリは、サーヤがこの城で療養してる間、『魔物駆除に向かう』と報告しながら、セイクリド国に向かっていた事をフクフォルトは知っている。
「神への願いを奪われた上に、熱で寝込んで神殿に帰れなくなった」と聞いたデリは、その真偽も分からないうちに動いたようだ。
セイクリド国に入り、王家所有の船と、サーヤを貶めていたマーガレットやハーバルトの家の所有する商船を、ことごとく海に沈めてスッキリした顔で帰ってきていた。
被害を受けたマーガレットやハーバルトは、今回の騒動に無関係の者だったが、ロイのように真偽を知る事が出来ない立場である苛立ちを、どこかにぶつけたかっただけかもしれない。
「あの男、あれほどの事をしでかしながら、証拠一つ残さなかったようですよ。先ほども、後めたい事などないような顔で、嬉しそうにサーヤ様の隣に立ってましたし」
事情を知ってるウェンディが呆れ顔で話す。
「誰もサーヤちゃんの見える所では暴れないし、サーヤちゃんとこの国が安全ならいいんじゃない?
最終的に選ばれるのがロイくんでもデリでも、サーヤちゃんが選ぶ人なら、みんな渋々でも認めるんじゃないかな。
みんなサーヤちゃんにだけは嫌われたくないだろうから、八つ当たりはセイクリド国に向くだろうし。あの護衛達が何か問題を起こしても、「神罰ではないか」とか噂を広めておけば済むしね。これこそハッピーエンドだよね」
「まあ……そうですね。確かに問題はどこにもないですね。完璧なまでのハッピーエンドと言えるでしょう」と言葉を返すウェンディに、フクフォルトは「でしょう?」と明るい笑顔を見せた。




