35.ロイの願い
フクフォルトからロイが落ち込んでいると聞いていたが、本当にロイは落ち込んでいるようだった。
呼んだロイの顔が暗い。
「ロイさん、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。フォル様も、この先ずっとローテッド国で暮らせるようにしてくれるって約束してくれたし。
やっぱり故郷のセイクリド国に戻りたいって思うなら、ちゃんとロイさんに危険がないように考えるから」
ロイの突発的な行動は、紗綾が原因を作っている。
初めて見せる暗いロイの表情に、紗綾は焦っていた。
「私に危険……?――ああ、王子に手をあげた事で受ける危険など、大したことはないですよ。貴族の剣は型にはまってますから、束になってかかって来たとしても、魔物一匹分にもなりません」
「そ、そうなんだ……。ロイさん強いね……」
紗綾の護衛が逞しかった。
ライオネルからの報復を不安に思っていたわけではないらしい。
「私が心苦しく思っているのは、サーヤ様を失望させてしまった事です」
「失望?なんで?」
紗綾を見ながら慎重に話し出したロイの、どこに失望するところがあったかと考える。
「ライオネル王子様達を殴っちゃった事?あれ、フォル様褒めてたよ。護衛として合格だって。
ごめんね、私のせいであんな事になっちゃって。でもありがとう。ちょっとスッキリしちゃった」
「……あんな態度を取って、あんな言葉使いをする私に失望されていないのですか?」
「失望する事あったっけ?――あ、言葉使い?そういえばフランクな言葉使いしてたよね。なんて言ってたっけ?別に気にならなかったけど」
あの時は感情が昂ぶりすぎていたし、聞いた言葉は覚えていないが、なんか格好が良かった気がする。
泣いちゃってたしな―――と思い出してハッとする。
失望させたのは、自分の方ではないだろうか。
以前散々な目にあったにも関わらず、また簡単にカナエを信じて痛い目にあった上に、みっともない泣き方をしてしまった。あの泣き方はない。
「私の方が失望案件だよね……。そういえば部屋にはたくさんの護衛さんもいて、みんな見てたよね。最悪だ……」
紗綾の看病についてくれた女騎士は、その話題には触れない優しさを持っていた。
だけどあの部屋にいたのは女騎士ばかりではない。他に男騎士もたくさんいた。
「過ちから学ばない人らしいぞ」とか「あの泣き方は女としてどうなんだ?」とか思われてるのだろうか。
いや――この城の貴族はみんな優しいと信じたい。
「サーヤ様に失望する者などいませんよ」
悶々としているとロイが安定の優しさを見せてくれたので、「ロイさんは優しいよね」とへへへと笑って誤魔化して、もうその話題には触れない事にした。
考えると病むやつだ。
そんな紗綾をロイがじっと見つめていた。
「―――私はサーヤ様が思うような者ではありません。
本当はセイクリド国生まれの者でもないのです。私は生まれも卑しく、国を出るまでは人に言えないような罪も多く重ねてきました。
私とルイは、サーヤ様に光を見て、サーヤ様に一目会いたくて祖国から密航してサーヤ様のいるセイクリド国に渡りました。
―――私は今の騎士団に潜り込み、聖騎士を名乗っているだけの者なのです」
初めて聞く話だった。
一緒にいる時間は長いが、ロイもガクも自分の事をあまり話したがらないので、紗綾も昔を尋ねる事はなかった。
緊張した様子で彩綾の言葉を待つロイは、過去を恥じているようだ。
「人に言えないような事」がどんな事かは分からないが、紗綾の知るロイは、いつでも紗綾に親切で優しかった。紗綾だって別に清廉潔白な者でもないし、彼の過去を聞いたところで、彼を嫌いになる事はない。
「そっか。ロイさんもルイさんも、たくさん苦労したんだね。今はいる場所が見つかって良かったね」
少しでも心が軽くなるようにと、ロイの頭から聖力を振りかける。
「――サーヤ様は私に失望されないのですか?」
ロイが同じ言葉を重ねた。
「失望はしないよ。私の会ったロイさんが、今のロイさんでしょう?昔の事を聞いても別に――え、昔まさかロイさん……」
紗綾の言葉にロイが緊張を走らせた。
「昔、女遊びが酷かったの?周りに女の子が多いと女性関係が派手になるって、ロイさん前に話してたよね?
………これは女子会の報告案件だよ。今日騎士団に戻って、『ロイさんが女にだらしのない子だった件について』のテーマで女子会開かなきゃ……」
「私は女遊びなんてしていません!私に女などが寄ってくるわけがないじゃないですか。
祖国でも生きていくのに精一杯で、食べるのがやっとの生活だったんですよ?!」
「え?……あ、ごめん。声に出てたね。……そっか。女騎士さんの安全も変わらないし、じゃあ何も問題ないね。
あ、大丈夫だよ、何も失望していないよ。こうしてロイさんに会えて良かったよ。今まで頑張ってたんだね」
ロイが派手に女遊びをしていたなら、女騎士に危険があるから注意が必要だけど、そうじゃないなら特に思う事はない。
『誤解してごめんね』の思いも合わせて、もう一度ロイに聖力を振りかける。
「――これからも側にいさせていただけますか?」
「もちろんお願いするよ」
「――元の世界に戻られてからも側にいさせていただけますか?」
「それは―」
「サーヤ様が選ぶ道ですから、元の世界に戻らないでくださいとは言えません。だから私も連れて行ってください」
必死に頼むロイには悪いが、紗綾が来た世界は、異世界から来た者がまともに生きていける世界ではない。
紗綾が養ってあげるというのも非現実的だ。
「ロイさん。私がいた世界は、全てが管理されていて、身元の保証がないと生きづらい世界なんだよ」
「この世界でもそうですよ。私のような者が特殊なだけです」
「え。そうなの?」
説得しようとしたら、即答された。
説得ポイントが違うようだ。
「私は元の世界ではただの学生で何の力もないし、ロイさんを養ってあげる事も出来ないんだ」
「私が何でもして稼ぎますよ」
確かにロイさんなら何でも出来そうだ。
工事現場でも働けそうだし、モデルだって出来るだろう。
「私はこの世界では聖女の力を持ってるけど、元の世界では本当に特別な物は何も持っていない、どこにでもいる普通の人なんだよ」
「私は聖女様の側にいたいのではなく、サーヤ様の側にいたいのです。
お願いです。以前のように、もう顔も見れないくらいに遠い世界に私を置いていかないでください。言葉もかけられない人でしたが、思い出さない日などありませんでした。
私が大神殿で願ったのは、世界の平和ではなく、「サーヤ様を一目見たい」とそれだけを強く祈りました。こうしてまた会えたのに、今はこんなに側にいれるのに、また置いていかれる未来を考えるだけで怖いのです。サーヤ様の世界がどれだけ生きづらくても構いません。ですからどうか側にいさせてください」
ロイの言葉は、まるで熱烈な告白のようだった。
「え……と。あの……はい。よろしくお願いします。
――あ!違う。……あ、違うんじゃなくて―――ありがとう。そんな風に思ってくれる人がいるなら、この世界に残る事も考えてみるよ。
やっぱり元の世界に戻る事を選んでも、決めたその時にロイさんが同じ気持ちでいてくれたら、神様に相談するね。元の世界でもちゃんとロイさんの場所を作ってもらえるようにお願いするから」
動揺して「お付き合いしてください!」と言われたかのように「よろしくお願いします」と返事をしてしまったが、『そんな事言われてないし!』とハッとした。
いけないいけない。
思い込みはまた恥をかく元だ。「大丈夫」と思って大丈夫じゃなかった事は、カナエで十分に学んだはず。
もう少しちゃんとロイさんの気持ちを確かめて、自分のこのドキドキしてしまった気持ちも、どんな想いからくるものか分かってから、先を考える事にしよう。
確実な約束を返せたわけではないけれど、「私の想いは変わりませんよ」とロイが嬉しそうに笑っていた。




